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田中大介著「電車で怒られた!~「社会の縮図」としての鉄道マナー史~」(光文社新書)

電車で怒られた!~「社会の縮図」としての鉄道マナー史~ (光文社新書)

当然のことであるが、鉄道が誕生する前に鉄道のマナーなど存在しなかった。

ならば、鉄道におけるマナーとして今に生きる我々が当然のこととして受け入れているのかというと、回答はYesでもありNoでもある。鉄道誕生前から不特定多数の人と同じ空間で数分から数時間を過ごすというシチュエーションは存在していたから、そのときに守るべきマナーは多くの人が理解するところであった。一方で、鉄道という閉ざされた空間でありながら移動も伴うこととなるシチュエーションは、そうは多くない。しいてあげれば乗合馬車が該当するが、これは現在の電車と言うよりバスに近いものだ。

不特定多数の人が同じ空間に閉じ込められて移動することを余儀なくされることで、人間関係の軋轢が生まれ、軋轢回避の方法が模索される。それがマナーであり、あるいはエチケットである。

そして、こうしたマナーやエチケットは時代によって変わる。足を組んで座るなど現在ではマナー違反と一蹴されるが、戦後間もなくの頃はむしろ足を組んで座ることが推奨されていた。現在の鉄道車両はタバコを吸うなどありえないが、かつては吸っても問題なかった。マナーとして存在していたのは吸っていいケースと吸ってはいけないケースとの分別であり、また、吸ったあとの吸い殻の問題であった。

さらに着目すべきは、かつてはマナーであったことが現在ではマナー違反となるケースがあることだ。その例が、イヤホン。かつてはイヤホンを使いましょうというマナーであったのが、現在ではイヤホン等からの音漏れが問題になっている。もっとも、これを突き詰めていくと、イヤホンを使いましょうというマナーの生まれる前はラジオを車輌の中で鳴らしていたので、せめてイヤホンを使って音を小さくしましょうというマナーが誕生したという経緯がある。

そして現在では、かつては存在していなかった携帯電話、さらにスマートフォンについての扱いがある。これも突き詰めていくと、イギリスで鉄道が開設されたときに車輌内で本を読むことについて眉をしかめる風潮があり、携帯電話の誕生する前は車輌内で新聞を拡げて読むことに苦情が来るケースが多々寄せられる。携帯電話も時代の最先端に対する忌避感といったところであろう。

こうなると、一つの結論に行き着く。

「むかしは問題なかったんだ」も、「むかしはそんなもの無かった」も、どちらも通用しないという結論である。常にアップロードしないと時代遅れとなり、マナーも守れない頑迷な老人として弾劾される。現在の電車でもっとも問題を起こしているのは、マナーを守れない者ではなく、自分がマナーを守っていないという自覚すらできない者なのである。