德薙零己の読書記録

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片木篤著「チョコレート・タウン:〈食〉が拓いた近代都市」(名古屋大学出版会)

チョコレート・タウン―〈食〉が拓いた近代都市―

中世と近代とを分けるのは何か?

様々な指標があるが、生活基盤が自給自足を前提としているか、自給自足を放棄しているかも一つの指標である。

日本史でも西洋史でも中世世界を思い浮かべていただきたいが、中世世界はそこまで交流が盛んではない。交流が無いわけではないが、生活は自給自足でどうにかなる。都市にしても、荘園にしても、遠くから運ばれてきた物品が市場に並ぶのではなく地産地消ないしは近隣の農村や漁村からの物品が市場に並ぶ。このような経済では、生産を大きくすることはない。工場があってもその規模は小さく、生産品を運び出す先は限られている。

これが近代になると、市場に並ぶ製品は遠く離れたところから運ばれてきた商品となる。原材料を輸入するにも近隣で調達するのではなく国外からの輸入であることも珍しくなく、作成した商品を国境を越えて輸出することも珍しくなくなる。

するとどうなるか?

職場で多くの人を雇わなければならなくなる。

多くの人を雇うということは、単に人を集めて給料を払えばいいというものではない。働いて貰う人達のための住まいを用意しなければならないし、住まいが集まるならば上下水道や教育や医療や交通といった社会インフラを用意しなければならない。公園も必要になるし娯楽も必要になる。ここまで来ると、街を作り出すこととなる。

さらに原料を搬入して製品を搬出するとなると、街の中だけではなく街の外とも連絡する交通を用意しなければならなくなる。時代はまさに鉄道敷設のブームでもあり、鉄道を招聘し、あるいは自力で敷設することで、製品を作り出すのも作り出した製品を運び出すのもこれまでにない規模となる。

本書は、もともとはアメリカ大陸で飲料として用いられていたチョコレートがいかにして固形の菓子となり市場に並ぶようになったのかを記した一冊である。ただ、チョコレートの歴史をまとめた一冊ではない。本書で着目しているのは、チョコレートを作成するために工場の規模を大きくするために街を創り上げることとなり、こうしてできあがったニュータウンがこれまでの農村でも都市でもない新しい居住空間として、エベネザー・ハワードの言うところの「田園都市」が誕生したという点である。

現在日本に生きる人の多くは自覚していないかもしれないが、鉄道に乗って通勤している人、自動車に乗って通勤している人の多くの住まいはこうした田園都市である。