德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

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竹内正浩著「ふしぎな鉄道路線:「戦争」と「地形」で解きほぐす」(NHK出版新書)

明治14(1881)年のこと。

「東京から青森まで鉄道を敷く」
「無理です。予算が無いんですよ!」
「国家予算に頼らず民間企業が敷くなら問題なかろう」
「それなら……」
株式会社日本鉄道設立
岩倉具視をはじめ出資者は華族だけで648名を数える。
「出資金だけでは鉄道が青森まで行かない。国から予算を求む」
「国家予算に頼らず民間記号が敷くと言ったではないですか!」
「そこを何とか」
「予算が無いんですよ!」
「なるほど。出資者の皆様方にあなたが反対されたと申し上げま……」
「喜んで予算を出させていただきます!」

明治時代から現在までの鉄道路線の移り変わりを観ると、年月を経る毎に線路が減っていることに驚くと同時に、明治時代に短期間で鉄道路線を敷くことに成功したことにも驚く。

その上で、鉄道敷設が避けることのできない国家事業であった時代を目の当たりにする。

rtokunagi.hateblo.jp

9月10日に記事をアップした「日本の古代道路」の中で律令制に基づいて敷設された古代道路と現在の鉄道路線の位置の近さについて記したが、実際に鉄道を敷くとなると予算の問題が絡んでくる。鉄道を敷けば人の移動や物資の搬送に多大な効率をもたらすし、それが国防を含めた日本国の必要事業であることも理解していたが、予算はそこまで期待できない。

そこで考え出されたのが冒頭に記した民間資本である。現在の日本で私鉄は主に都市内交通を担い、都市間交通を担う私鉄となると大阪と名古屋を結ぶ近鉄ぐらいしかないが、かつては都市間交通も民間資本で建設され運営されていた。その民間資本の鉄道を国有化した。

なぜか?

詳しくは本書を読んでいただきたいが、一つだけ記すと、明治時代の日本は侵略される恐れに直面していたということである。戦争というと侵略しに行くことであると考え、他国で戦うことをイメージする人が多いが、この時代の日本人にとっての戦争とは現在のウクライナが体験しているような目に遭う恐れであった。そのために鉄道が敷設され、そのために鉄道が国有化されていったのである。

本書はこうしたエピソードをはじめとするこの国の鉄道路線の誕生と現在までの経緯を記した書籍である。平易で読みやすい体裁になっているが、本書は同時に明治維新以降のこの国の現実の意思側面を書き出した一冊でもある。