德薙零己の読書記録

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青柳いづみこ著「パリの音楽サロン:ベルエポックから狂乱の時代まで」(岩波新書 新赤版)

ネットの普及がもたらしたものの一つとして、表現者に表現の舞台を用意したという点が挙げられる。ネットが普及する前、表現者は出版社に持ち込むか、あるいは自ら作品を物理的に作り出して公表するしかなかった。現在は自らの作品をネットに載せることによって表現を世界に広く公開できるようになっている。そう考えると、ネットのもたらした功績は決して無視できない話である。

もっとも、ネットが誕生する前の表現は規制されていたのかというと、そんなことは無い。出版社も広く表現を受け付けていたし、物理的に作品を公開できる環境が用意されていることこそ言論の自由であった。現在と比べて入口は狭いが、表現者が表現を示す方法がゼロではなかったのだ。

では、それより前の時代はどうか?

本書で取り上げているのは19世紀後半から第一次大戦期までのパリにおける音楽サロンを描いた一冊である。ショパンフォーレドビュッシー、サティ、コクトーといったその時代の若き芸術家たちが音楽、文学、絵画などのジャンルを超えて才能を響かせ合い、新しい芸術を創造する舞台としてサロンを描いている。そのサロンこそが、かつての表現の場であり、表現者としてのデビューの場であった。

著者は本書において、その時代の音楽サロンがどのように芸術家たちに影響を与え、彼らがどのように互いに影響を与えあったかを詳細に描き出している。それも、本書を歴史書にとどめるだけでなく、時代を彩った芸術家達が直面した困難や成功、そして達成したことの意義を示している。

表現においてサロンがもたらした功績はきわめて大きい。現在の人から見ると閉鎖的に感じるところもあるが、その時代においては十分に開放的であり、集うことによって新たな文化を生みだしていった功績は決して無視できない。