プロパガンダとは、既にファンである人はさらなるファンに、既にアンチである人はさらにアンチになる宿命を有している。本書はナチがどのようなプロパガンダを展開してきたか、また、ナチの敵がプロパガンダとしてナチをどのように貶してきたかをビジュアルをメインにまとめた一冊であり、その価格に見合うだけだけのボリュームのある書籍である。
ナチのプロパガンダはヒトラーを前面に押し出している、いや、押し出さざるを得なくなっている。ナチの勢力拡大は新参者であるヒトラーの演説能力の高さによるものであるが、ヒトラーのビジュアルはパッとしたものではない。目を見張るような美男子でもなければ、筋骨隆々の大男でもない。ナチが理想的なドイツ人とイメージするような金髪を有してもおらず、ヒトラーが髭を剃り落として群衆の中に混ざっていたら、ナチの親衛隊ですらヒトラーを見つけ出すことはできないであろう平々凡々な外見の小男である。ナチはこの小男をヒーローとして無理して前面に打ち出さなければならないのだ。
そのため、今から見るとかなり無理をしてヒトラーのビジュアルを作り出している。時には親しみやすいおじさんとして、時には凜々しい表情の指導者として、そして、ヒトラーの最大の武器である演説のシーンをビジュアルに打ち出すことで、写真からあたかもヒトラーの演説が聞こえてくるかのようにプロパガンダを打ち出している。
一度でも魅了されたならばこれでさらなる魅了を生み出すことに成功する。
しかし、魅了されていなければ、ナチのプロパガンダなど、ただただ目障りなラクガキでしかない。破ろうものならSSだのSAだのに捕まり、殴られ、蹴飛ばされ、どこかへと連れて行かれることになるのでしないが、目障りなラクガキである。
ナチと対抗する側、特に戦争でナチと対戦する側は、ヒトラーをこれでもかというほどこき下ろす。非難し、嘲笑し、ヒトラーが、そしてナチが、いかに見窄らしく、いかに馬鹿馬鹿しく、いかにどうでもいい存在なのかを描き出す。これはナチに敵対する側にとっては快く受け入れることのできるプロパガンダであり、目にすることで気分爽快になるプロパガンダである。だが、ヒトラーやナチを下品に扱うプロパガンダを目の当たりにして、ナチの信奉者はナチに染まっている心情を溶かすことはない。むしろナチの敵に対する憎しみを募らせ、よりナチへの心酔を深め、よりナチに深く従うようになり、ナチの敵に対する攻撃性を高めることとなる。
第二次大戦でナチは滅び、ナチは絶対悪となった。私のような人間にとっては愉悦至極であるが、仮に第二次大戦が存在せず、対立軸として今もなお合法的にナチが存在し続ける社会であったならば、今に生きる人は今も双方のプロパガンダを目にし、私はあらゆる形でナチを貶すプロパガンダを作る人間になっていたであろう。



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