德薙零己の読書記録

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一ノ瀬俊也著「戦場に舞ったビラ:伝単で読み直す太平洋戦争」(講談社選書メチエ)

今まさに繰り広げられているロシアのウクライナ侵略。テレビや新聞では連日連夜ウクライナでの戦闘の様子や戦場と化したウクライナの様子、そして、侵略している側の国がどうなっているかの様子を伝えている。それは、そうした様子を伝える媒体の一つとなったネットの世界も例外ではない。ウクライナの被害の様子をより詳しく、より迅速に伝える一方、侵略者の側もまた自らの侵略の正当性を訴えようと試み、ごく稀に成功してしまうことがある。

情報は、戦争における重要な戦略の一つである。自らの訴えを相手に届けて相手の戦闘意欲を削ぐというのは昔から存在していたことであり、現在のネットの世界における情報戦も、昔から存在していた情報戦略と変わらない。

では、ネットの無い時代、当時の軍はいかにして情報戦略を展開していたのか?

その答えの一つとなるのが本書である。日中戦争から太平洋戦争にかけて、厭戦気分や猜疑心を生み出させるため、大量のビラを撒くことがあった。また、戦場となる地域の住民の協力を得るためのビラも撒くことがあった。本書はそうしたビラを分析し、どのようなビラがあったのか、ビラがどのような効果を生んだのかをまとめた書籍である。

 

(本書より)

 

結論より記すと、ビラで敵の戦意が喪失することはほとんどなかった。ビラに記されている文章や図版には偏見が混ざり、自分の考えている相手が自分の思うような行動をとるようになるどころか、むしろ敵愾心が強め、相手が降伏を選ぶことなどほとんどなかった。

その意味でビラを作成した側の狙いは外れたとするしかないのだが、無価値であったかというとそうではない。

ビラを撒いた側の戦意を高める効果は強かったのだ。

本書に掲載されたビラの一部を本日の記事に載せたが、そのうちの一枚目のビラを受け取った中国人が日本に投降するかと訊ねれば、二枚目のビラを受け取った日本人がアメリカ軍に投降するかと訊ねれば、その答えは両者とも否であろう。しかし、日本軍が一枚目のビラを、アメリカ軍が二枚目のビラを受け取ったらどうなるか? 双方とも戦意についてプラスに働くのではないだろうか?

現在のネットで繰り広げられているプロパガンダ戦も似たところがある。自らの主張で相手を論破させ完全に屈服させることを目的とするが、そんなものは絶対に成功しない。しかし、自らの主張を支持する人はその支持の意欲をさらに高める。ロシアのウクライナ侵略におけるネット上の反応も、ロシア側の発表を受けてロシアに屈服する人など現れない。しかし、ロシアを支持する人がその考えをさらに強める光景ならば目の当たりにする。

まさに今、歴史は繰り返している。