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エミール・ルートヴィヒ著,北澤真木訳「ナポレオン:英雄の野望と苦悩」(講談社学術文庫)

ナポレオン 上: 英雄の野望と苦悩 (講談社学術文庫 1659)

ナポレオン 下: 英雄の野望と苦悩 (講談社学術文庫 1660)

エミール・ルートヴィヒは数多くの伝記小説を書き記してきた作家である。ゲーテクレオパトラビスマルクリンカーン、そして、ナポレオン。

ナポレオンとは奇妙な人物である。フランス革命に始まる一連の流れとして世界史の教科書に絶対に登場する人物であるのに、フランス革命のスタート時にナポレオンの姿は存在しない。そもそも、生誕時は既にコルシカ島がフランス領になっていたものの、彼の名は25歳になって自らの名のスペルをフランス語風に変更するまで、イタリア語に由来するナポレオーネ・ディ・ブオナパルテという名であった。

その人物がフランス革命での混迷の後にフランスの救世主とみなされるようになり、権力を手にし、ついには皇帝の地位を手にするに至った。王政を打倒したはずのフランス革命の生みだしたのが帝政であると当時の人は誰も考えもしなかったであろうし、当のナポレオン本人も考えてもいなかったはずだ。それなのに、本書を読み進めていくことでいかにしてナポレオンが絶対君主として君臨するようになるかを目の当たりにすることとなる。一つ、また一つと目の前の敵を倒していくにつれて権力がナポレオンに付与されていき、ナポレオンは自らに付与された権力を活かして絶対的存在へと伸張していく。皮肉なことに、ナポレオン自身は共和制を支持し、共和制の流布を前面に掲げて国外へと軍を進めていくのに、ナポレオンは共和制とほど遠い絶対君主へと変貌していく。

その絶対的存在は、絶頂から急転落する。ロシア遠征に失敗し、一度は権力を失ってエルバ島に追放となり、再び権力を手にするもののワーテルローで敗れ去ってセントヘレナ島へと流され、ナポレオンは蘇ることなくセントヘレナで生涯を終える。

本書は上下巻に分かれている。そのうちの下巻の半分はセントヘレナでのナポレオンである。それこそが一人の人間としてのナポレオンの実相なのかもしれない。