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ジッド著,國分俊宏訳「ソヴィエト旅行記」(光文社古典新訳文庫)

ソヴィエト旅行記 (光文社古典新訳文庫)

ソビエトアネクドートにこういうものがある。

ソビエトに観光に来た人が、ソビエトに憧れを持ってソビエトに亡命したら、観光で見たのとはあまりにも違う暮らしぶりに落胆し、激怒し、文句を言ったが、このように言われて一蹴された。「君は今は観光客ではない」と。

このアネクドートをある意味で否定するのが本書である。観光客としてソビエトを訪問した著者が、観光客としてでありながら現実を見抜いた一冊なのだ。本書刊行は1936年、修正版刊行が1937年である。共産主義が失敗であったと証明された現在の、あるいはそこまで行かなくとも冷戦における東側の敗北が明らかになった頃ならばともかく、共産主義に対する慕情も珍しくなかった時代に本書を刊行したことは勇気溢れることであったろう。

本書はかなり早い段階で共産主義の、そして、共産主義国として誕生したソビエトの誤りを赤裸々に書き記した書籍である。ゆえに、その当時は容赦ない批判を浴び、現在でもなお共産主義を信じている人からの誹謗中傷を受けている書籍でもある。

だが、本書は何も妄想を書き記した書籍では無い。

著者自身が実際に破格の待遇でソビエトに招待され、歓待を受け、ソビエトにとって都合の良い部分のみを厳選して観光案内されることでかえって、そのときのソビエトに何が起こっていたのかを目撃したのである。そこにあるのは共産主義の掲げる理想とは全く違う、しかし、共産主義の理論とは完全に一致する、抑圧と不自由と飢餓、平和とも平等ともかけ離れた旧態依然、奴隷扱いされる一般庶民と奴隷主として王侯貴族の暮らしをする共産党員の絶望的な格差の蔓延する社会であった。

本書の中で作者は、あくまでもスターリンの展開する政策の間違いであるとし、マルクスレーニンの主張とかけ離れていると、これは共産主義のあるべき姿ではないという姿勢でいるが、今に生きる我々は、共産主義を実行したらこうなるという数多くの証拠のうちの一つとして本書を捉えることとなる。

観光客として歓待されただけでも、現実は目の当たりにできるのである。