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ジョージ・オーウェル著,山形浩生訳「動物農場〔新訳版〕」(ハヤカワepi文庫)

動物農場〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)

豚がいて、羊がいて、鶏がいて、鶏がいて、犬がいて、そんなどこにでもある農場で動物たちが反乱を起こし、農場の持ち主である人間を追い出して、動物だけからなる農場を作り出した。

そんなファンタジーな情景から始まるジョージ・オーウェルの小説は、動物だけからなる農場に訪れる現実をこれでもかと描き出す。搾取するだけの人間がいなくなったのだから、農場の動物たちは今までより豊かな暮らしになるはずだった。それなのに、動物たちはだんだんと貧しくなっていき、平等であるはずであった動物達の間に不公平が誕生し、権力を握った者、本作では豚が徐々に権勢を高めていって他の動物を虐げ、豚の間でも争いが繰り広げられ、平等を前提としたはずの規則はいつの間にか書き換えられ、人間を追い出したときの歴史も、農場を取り戻しにきた人間を追い返したときの戦いの歴史も書き換えられ、ただ一つの規則、

全ての動物は平等である。

だが一部の動物は他よりもっと平等である。

に行き着く。

本書は言うまでもなく、共産主義ソビエトを風刺した作品である。全体主義社会を風刺する「1984年」に並ぶジョージ・オーウェルの代表作の一つであり、先に掲げた「全ての××は平等である。一部の××はより平等である」は多々応用される有名なフレーズとなっている。

冷戦下においてはソビエトを、そして東側陣営を批判する作品として西側諸国で称賛された作品であったが、忘れてはならないのは、本書刊行がまさに第二次大戦の最中のイギリスであるという点である。その時点のイギリスにとってのソビエトは対ナチスの同盟国であり、ソビエトロシア革命以後どのような経緯を経てきたかは秘匿され、知る者も黙殺してきた。そんな中にあって本作を作りあげたことは危険なことであった。チャーチル批判は許してもスターリン批判は許さないという社会主義への慕情のあるメディアからは酷評された作品であった。

それでも本作を公表する意味はあった。なぜならリアルタイムで繰り広げられている現実があったから。本作は残酷な展開の末の救いの無い終局となっていたが、寓話に託した現実は、本作で記されている内容よりさらに残酷なものであった。ジョージ・オーウェルが本作で描いたのは、寓話であると同時に、現実をマイルドに和らげたものでもあったのだ。