德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

上野英信著「地の底の笑い話」(岩波新書)

本書は「岩波新書ラシックス限定復刊」と銘打って再刊された書籍の一冊であり、昭和42(1967)年に刊行された書籍の復刊である。

本書のタイトルにある「地の底」とは炭鉱のことであり、石炭を求めて坑道を行き交う炭鉱労働者達のアネクドートと、その生活の実像が一冊の新書にまとめられている。その内容は衝撃的と形容するしかない。何しろその時代のその暮らしを、本書を読む前の私を含め、多くの人は知らないであろうから。

坑道はあまりにも危険だ。死が常につきまとい、多くの女性が未亡人となって連れ子とともに再婚するのが日常化していただけでなく、女性や子供もまた炭鉱においては貴重な労働力となる。ましてや成人男性においては……

しかも、その労働条件は過酷とするしかない。給与は安く、休みもなく、健康管理など片鱗もなく、そして、人権など存在しない。安いとは言え払われているはずの給与も実際に炭鉱労働者の手に渡ることはなく、多少なりとも現金を手にすることができるのは酒と賭博の場においてのみ。恋人とともに炭鉱を抜け出そうとする者、我が身一つで脱走を試みる者、そして、失敗して容赦ない拷問に晒される者も続出し、どうにかして多少なりとも楽な部署への割り当てを試みるぐらいしか合法的な手段はない。

この書籍を読んだ多くの人は、かつてはなんて酷い時代であったのかと憤るであろうし、その時代を蘇らせてはならないと誓うであろう。だが、現在に生きる我々は何度か、この時代を復活させる寸前に至ったことがあるし、国境を越えればこの地獄が通常態、ないしは、これより酷い地獄の社会を作り上げてしまった例もある。ロシア革命に始まる共産主義はまさにこの炭鉱労働者の暮らしであったし、北朝鮮では今もなお、本書の炭鉱労働者と変わらぬ生き地獄が繰り広げられている。日本は無関係だなどと安穏とはしていられない。今世紀に入ってからの日本も実際に一度、この時代を蘇らせてしまったことがある。平成21(2009)年から3年4ヶ月に亘って繰り広げられた生き地獄、すなわち民主党恐慌だ。あの時代は日本全体がまさにこの炭鉱労働者の生活へと落ちぶれてしまった。給与は安く、休みもなく、健康管理など片鱗もなく、そして、人権など存在せず、希望などどこにも存在しない絶望の時代だ。

あの時代を繰り返すレベルにまで落ちぶれてはいけない。