私事ですが、本日1月4日は私の誕生日である。
誕生日なので何か特別な一冊を紹介しようと思った私の目に飛び込んできたのが、この一冊、そう、論語である。
本日の記事のリンク先は電子書籍版であるが、私の持つ本書は紙の書籍であり、仕事終わりに書店に寄ったとき、ふと岩波文庫の棚に目をやったときにこの一冊が目に入ったという経緯がある。
日本に生まれ育った人の中にはさすがに本書を知らない人はいないであろう。しかし、本書の存在を知っていても、本書を読んだことがある人はどれだけいるかとなると、過半数に達することはないと見られる。古典の教科書や、試験対策としての漢文の文章として論語を読むことはあっても、一冊の書籍として論語を読んだことのある人はそこまで多くはないといったところか。
中国の古典の中でも最も有名な一冊と言っても過言ではなく、名文がちりばめられている一冊といってもいいのが論語であるが、同時に、有名であるがゆえに敬遠されてしまうところがあるのまた、論語に対する現実といえる。
しかし、金谷治氏の訳注が施された岩波新書版の論語については、論語という一冊の本をわかりやすい人生訓にしてくれている。書店で手にとって試し読みしたとき、「これは人間の本質を示す一冊だ」と感じ、読書を楽しむことを目的としてさっそく購入したのは、岩波文庫版の刊行から数年が経った頃のことで、もし本日の記事を岩波文庫のかたが見たら、本の帯からいつごろに販売されたいっさつであるかがすいそくできるであろう。ちなみに、購入したところをかなり年配の取引先の人に見られ、「何買ったんですか?」と多少のみ下しの雰囲気を隠さぬまま聞かれ、買ったばかりの本書を見せたところ、取引先の人が凍り付いたというのが本書購入時のエピソード。

読み始めると、さすがに面白いことを書いていると感心しながらも、論語読みの論語知らずという言葉があるとおり、私が論語に指し示されたような素晴らしい人間になったかと言われると、残念ながらそのようなことはなく、孔子の言うところのどうしようもない人間の一人となっている。

学問として学ぶとなると、論語は堅苦しく、また、科挙のように覚えなければならないというプレッシャーが掛かるとさすがに敬遠意味になるであろうが、岩波文庫版は「孔子という名のおもろいこと言ってるオッサンの名言集」というスタンスで扱うと、意外なほどにすんなりと読み進めていくことができる。これは金谷治氏にとっては不満に感じるであろうことかも知れないが、それだけ金谷治氏の監訳が素晴らしいことの証左でもある。
誕生日を迎え、人間としてのレベルを一つアップさせた、と考えたとき、本来の意味での人間としてのレベルアップを促す一冊に目を向けるのも悪くはないであろう。



