日中関係がギクシャクしているというか、中国が一方的に日本に難癖を付けてきている。こんなことは歴史上あったのか、と言いたいところであるが、歴史を振り返ると、ある。そもそも中国大陸という場所は数多の国が生まれては滅び、ときは数多くの国が乱立して争いを繰り広げてきた場所であり、そうした戦乱の過程において、自国の混乱の目先をごまかすために国外に意識を向けさせることは珍しくなかった。
一つの文明圏としても一応は継続してきたが、国家の消滅とともに、あるいは国家存亡の危機において文明を断絶させることもあった。無論、全くのゼロになるわけではなく多少のマイナスといったところであるが、それでも、それまで築き上げてきた文明を戦乱や混迷が破壊することは多々存在した。
一方、こうした混迷と日本との関係は、多くの場合は対岸の火事であった。たとえば、遣唐使が廃止となって中国大陸との正式な国交が消えたことがあったが、日本だけの視点で考えると特に問題は無かった。なぜか? 唐が滅んだからである。唐が滅んで数多の国々が乱立する五代十国の時代を迎えたことで、唐との国交云々以前に安全な渡航そのものが不可能となった。
ただし、日本文明はその多くが中国文明の影響を受けている。文字や文章が顕著の例だが、社会制度や日常生活においても中国文明の影響を受けている。時に中国文明をそのまま受け入れてしまったがために日本の現状との不整合を起こしてしまったこともあった。そのため、時代とともに中国文明を受け入れたもののそれを日本の実情に合わせて修正することで受容してきた。そうした歴史の積み重ねが日本の文化史であり日本の歴史である。
これらを踏まえるとどうなるか?
中国大陸とダイレクトに接するのではなく、中国大陸から持ち込まれた書籍、中国語で記された書籍をマニュアルとし、漢文を日本語として読んで日本の情勢に合わせて受け入れるという流れが起こる。こうした中国語の書籍を「漢籍」という。古事記によると応神天皇の時代に漢籍の受け入れが始まり、それから日本は頻繁に中国大陸から漢籍を取り寄せ、日本国内で複製して普及させてきた。本書はこうした漢籍の受容と伝播、そして、漢籍に基づく日本文明構築の歴史をまとめた一冊である。



本書冒頭の口絵から3ページ分を掲載したが、こうした漢籍を受容して日本文化を創り上げる礎とし、中国大陸が平和になったならば新たな漢籍を取り寄せ、中国大陸が平和でなくなったならば交流を絶って日本国内に残存する漢籍を用いて日本国内の文明の維持と発展をさせてきた。
それがこの国の歴史である。
そう言えば、唐が滅亡したあとの五代十国の時代を終え、宋(北宋)の時代を迎えて日本との国交を復活させたとき、宋が日本との交易でもっとも求めたのは日本国内にはまだ存在していた漢籍の複製本であった。



