いささめに読書記録をひとしずく

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

刑部芳則著「セーラー服の誕生:女子校制服の近代史」(法政大学出版局)

セーラー服の誕生: 女子校制服の近代史

もしあなたが画像を生成できる生成AIのサブスクに入っているなら、AIに対してこのように依頼してもらいたい。

「制服を着たティーンエイジの日本人女性を描いてください」

AIにこの依頼を出すと、かなりの可能性でAIはセーラー服を着た女性の写真ないしはイラストを作り出す。

これは本来ならばおかしなことである。セーラー服とは海軍の軍人の制服である。それがなぜ女性用の服装なのか、それも学齢期にある女性の制服としてイメージづけられるのか。

歴史を遡ると、そこには教育の権利を求めて戦ってきた女性達の記録が見えてくる。

現在が性差平等であるとは言い切れないが、今から100年前は現在よりもっと差別が惨かった。女性であるというだけでまともな教育を受けることができず、多くの女性が義務教育である尋常小学校を卒業しただけ、あるいは、尋常小学校に通うことすらできずに生涯を終えなければならなかった。

それに対し多くの女性が、また、男性の中からも女性の教育の権利を求める声が出ていた。

一方で、女性に対して教育は不要であるとする声も大きかった。

女性に教育は不要であるという論拠、それは、女性が徴兵されないことである。

徴兵令では男性だけが徴兵の対象であり、徴兵検査で求められるのは体力だけでなく軍人たるに必要な知力であった。玉音放送まで、教育とは軍人となるのに必要な知識を得ることという側面も存在していたのである。

特に、貧しい暮らしにあったために満足な教育を受けることができず、しかし男性として生まれたために徴兵され軍人生活を過ごした人にとって、徴兵されずに済む女性が教育を受けることは怨嗟の対象ですらあった。自分は苦労させられたのに、女性に生まれたというだけで徴兵免除なだけでも不公平だ。その不公平な環境の上に女性にも教育の権利が与えられるなど納得できない、それが女性の教育に対して批判する人の考えであった。こうした意見が強かったのは、兵役を終えた軍人達の集まりである在郷軍人会である。在郷軍人会の元軍人のほとんどは元陸軍の兵士である。

そのような世論の渦中にあって、女性の教育用制服としてセーラー服が登場する。現在でこそ女性の学校用制服としてイメージされるセーラー服も、この当時は海軍の制服であった。そう、今から100年前の少女達は学校用制服としてセーラー服を着たのではない。軍服としてセーラー服を着たのである。教育の権利のために、軍への協力、あるいは軍に対する理解を示すことで、女性には教育が要らないという声に反発を見せたのである。海軍の制服を選んだのは在郷軍人会の面々にとって、苛立ちを見せるものの反論のできないことであった。

さらに、複数種類のある海軍の制服のうちセーラー服を選んだというのは実利的なものであった。セーラー服は、航行中の船の上という資材の限られた環境において、縫製が得意である可能性の低い船員が、自分の、あるいは仲間の服を縫製するという前提で設計された衣服である。つまり、学校に通う少女達が自分達でセーラー服を作ることそのものが、海軍の兵士への理解と敬意を示すことだったのである。

セーラー服に対して性的な感情を見せる人がいるのは事実であるし、本書のように各学校ごとのセーラー服の歴史を詳細に調査すること自体に忌避感を抱く人がいるのも理解できる。その結果としてこれまではセーラー服であった学校が新しい制服に切り替えることも理解できる。

しかし、教育の権利のために戦ってきた人達がいることは忘れてはならない。