初代神武天皇が即位したのは紀元前660年2月11日である。厳密に言うと、日本書紀に記されている「辛酉年春正月庚辰朔」を現在のカレンダーにすると紀元前660年2月11日となるため、明治維新後に2月11日を紀元節とし、戦後22年目を迎えた昭和42(1967)年に建国記念の日として祝日になった。
さて、2月11日はともかく、紀元前660年となると弥生時代を通り過ぎて縄文時代ではないかと考える人もいるかも知れないが、それは違う。弥生時代である。
弥生時代を紀元前3世紀からのおよそ600年間と考える人が多いようであるが、その考えは古い。弥生時代のスタートを水田耕作のスタートとするならば、神武天皇の即位した紀元前660年は弥生時代である。
AMS放射性炭素年代測定法に従えば、日本国における水田稲作のスタートは紀元前10世紀後半となる。そのため、弥生時代は従来考えられていたおよそ600年間という短さでは無く、その倍、およそ1200年にわたる長大な時代となる。ただし、従来の弥生時代のイメージの三点セットともいうべき、弥生式土器、水田稲作、鉄器は同時並行というわけではない。水田稲作は鉄器より600年ほど早く日本に伝わり、当初は石器を耕作のメインとしていた。

さらに、縄文人と弥生人は対立する存在ではなく、縄文文化に弥生文化が徐々に溶け込んでいった結果が現在の我々が考える弥生人であるとし、当時の中国大陸との交流とクニの成立、その延長線上に古墳時代があるとしている。しかも、弥生時代は単なる農耕社会の時代ではなく、地域ごとに多様な形で弥生文化が浸透し変容していくプロセスであるというのが本書の視点だ。
ここから先は私の個人的な感想であるが、おそらく、こうしたクニのうちのトップに立ったのが現在の皇室の祖先であったのであろう。古事記や日本書紀の記載、あるいは魏志倭人伝をはじめとする中国の歴史書を見たとき、伝説や神話は不磨の大典とまでは言えないものの、あながち荒唐無稽な代物であるとは言い切れない。



