德薙零己の読書記録

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ポール・ポースト著,山形浩生訳「戦争の経済学」(バジリコ)

戦争は良くない。
戦争は無くすべきだ。
その考えは理解できるし、あるべき姿であるとも考える。
しかし、再度勃発してしまったアルメニアアゼルバイジャンとの戦いを見ても、そして、現在進行形で繰り広げられているロシアのウクライナ侵略を見ても、戦争はこの世の現実であることは認めねばならない。特にアルメニアアゼルバイジャン日本国憲法を上回る強力な平和憲法である国にもかかわらず戦争を選び、多くの血が流れることとなった。

それではなぜ、戦争を選ぶのか。血湧き肉躍るようになり、どんな苦痛を受けようと戦争を遂行するという感情論は横に置いて、人としての心は無いのかと言いたくなるほど冷酷で冷徹な人であっても戦争を選ぶことがある。

なぜかと考えた末に、その人はこう考えたのだろうと結論づけられることがある。

「戦争は儲かる」と。

 

先に記しておくが、本書の結論は「戦争は儲からない」である。それでも戦争は儲かると考える人がいて、冷徹で、冷酷で、人としての心を持っていないとされる人でも、戦争が儲かると考えたならば戦争に賛成する。問題はその考えが正解なのか、だ。

本書の著者であるポール・ポースト氏はその考えを否定する。開戦時点では経済成長が低迷しており、開戦時点の経済情勢が低リソース利用状態にあり、戦時中の巨額の継続的支出が保証され、戦争が長引かず、戦争が自国で無い場所で展開され、資金調達が充分であるときに、儲かる可能性がある、というだけである。

その上で著者はアメリカを中心とする各国におけるこれまでの戦争と経済との関係について記している。例えばアメリカの軍事関連予算は世界最大であるが、よく見ると実際には予算がだんだんと減ってきている。かつ、その予算の使い方も支援と物流に集中するようになってきており、武器の購入についてはそこまでの予算を投じていない。特に注目すべきが、人件費。徴兵制を廃止したアメリカでは軍人を募集しなければならず、応募した軍人に相応の給与を払わねばならない。

ならば徴兵制はどうか? 軍人となるのを国民の義務として安値で軍人を集める徴兵制は一見すると国庫負担が軽くなるように見えるが、そう甘くはない。徴兵制は非効率の極みであり、国庫負担が軽くなることもあるが、それより大きな問題として社会費用の負担の重さがある。社会に余計な負担を押しつけて戦争に何の役にも立たない人間を生み出すことに意味はない。

ロシアのウクライナ侵略戦争で注目されるようになった民間軍事会社はここ数年で急成長している。湾岸戦争当時は正規軍人に対する民間軍事会社の兵士の割合は2%ほどであったが、2003年のイラク戦争では10%に増大したとしている。ちなみに現在話題となっているワグネルはロシア軍のうちの2%ほどと推測されており、割合で言うと湾岸戦争時のアメリカ軍に似ている。ちなみに似ているのがもう一つある。それは、ロシア軍の兵士よりもワグネルのほうが給与が高いという図式。それでもワグネルの給与はお世辞にも高いとは言えない。ロシア軍の給与が絶望的に低いだけである。

そして、軍に対する社会的地位そのものが時代とともに低下している。生きていくために軍人を選ぶことが減り、軍人になることのメリットも減っている。一方で、軍人に求められるスキルは年々向上しており、スキルに応じた給与を用意しなければ人材が集まらないが、それだけのスキルを持っている人材を産業界は見逃さない。このような社会環境ができあがればできあがるほど、戦争は経済政策として意味のある選択肢では無くなっていく。

話を本書に戻すと、戦争とはいうほど儲かるものではない。経済政策として戦争を捉えると、大規模な公共投資と評価すべきなのがであるのが戦争だが、リターンを考えると戦争はあまり有効な経済政策とは言えない。

戦争はどうして起こるのかを考えたとき、原因は人に行き着く。人の選択が戦争である。感情にまかせて戦争に突き進もうとする人を食い止めるのはさほど難しいことではない。さらなる別の感情で上書きすることで食い止めることは可能である。しかし、感情でなく理論で戦争を選ぶ者を食い止めるのは難事である。その難事を可能とするのが本書である。理論を上回る理論を本書は提示する。

戦争は儲からない、という理論を。