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塩野七生著「ローマ人の物語Ⅳ:ユリウス・カエサル ルビコン以前」(新潮社)

ユリウス・カエサル ルビコン以前──ローマ人の物語[電子版]IV

今から過去を振り返るからローマはポエニ戦争後の混迷を収束できたように見える。しかし、この人物がいなければローマは混迷のまま自滅したであろう。ローマ史上最高の英傑、世界史の全てを見渡してもこれ以上の人物は存在しただろうかと考えてしまう英雄、ガイウス・ユリウス・カエサル

あくまでも既存の枠組みを残しながら三頭政治という新たな政治体制を作り出し、それまでは名誉職的な位置づけであった最高神祇官(PONTIFEX MAXIMVS)の持つ役割を見いだしてその地位に就き、格差問題の根底に存在していた農地問題を既得権益層である元老院議員を完全に屈服させた上で解決し、情報を完全公開して元老院を黙らせ、国境問題の解決から8年間に亘るガリア戦役を繰り広げ、ガリア問題を根本から解決した。しかも、戦場から送り届けた報告文書を一般に向けてそのまま刊行することで透明性を高めた上でローマを熱狂させた。それが本書の後半部を費やして著者が解説するカエサルの名著、ガリア戦記(COMMENTARII DE BELLO GALLICO)である。

通常、カエサルの伝記を書き記す者はガリア戦役を詳しく書き記さない、いや、書き記せない。書き記したとしても、ガリアに軍勢を派遣し、ゲルマニアブリタニアにも軍勢を進め、最後にアレシアの戦いでウェルチンジェトリクスを倒したことを簡潔に記すのみである。あまりにもガリア戦記の記述が圧倒的で、洗練されすぎて、その客観性からも最上級の史料として君臨しているからである。ガリア戦役をガリア戦記に頼ることなく解説できる歴史家はいないほどであり、カエサル無しに紀元前一世紀のドイツや紀元前一世紀のイギリスを書き表すことのできる研究者などいないほどである。それなのに、本作登場以前、カエサルの人生を追いかける伝記の叙述でありながら、8年間に及ぶガリア戦役を真正面に向かい合う者はほとんどいなかった。何を書いてもガリア戦記に対する蛇足になってしまうのだ。

その蛇足を塩野七生氏はやり遂げた。いや、蛇足ではなく解説と翻訳でやり遂げた。カエサルの人生最大の偉業とすべきガリア戦役を、ガリア戦記を余すことなく用いながら、読者を紀元前一世紀のローマに誘うことに成功した。

カエサルの文書はラテン語最高の文章として今もなおラテン語を学ぶ際の教材としても利用されるほど洗練されており、カエサルの異性関係は全ての人類を嫉妬させながらも感心させ、カエサルの借金は世界中の金融関係者を驚愕させる。同時代の多くの人たちから愛され、戦場で向かい合った敵からも尊敬される特異な人物であるカエサルはあまりにも輝いている。

だからこそ、あの混迷きわまるローマ共和国は正常化に向かったのである。

しかし、後世の歴史家であるスエトニウスはその著作「ローマ皇帝伝(DE VITA CARSARVM)」でカエサルを初代皇帝として扱っている。本書を読む限り、カエサルは皇帝ではなく共和制ローマの英傑に留まるが、それは、第Ⅳ巻ではカエサルのキャリアの途中、ローマの一政治家としてガリア戦役を成し遂げたところまでしか描いていないからである。

皇帝カエサルは次巻に登場する。