いささめに読書記録をひとしずく

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

小野圭司著「太平洋戦争と銀行:なぜ日本は「無謀な戦争」ができたのか」(講談社現代新書)

太平洋戦争と銀行 なぜ日本は「無謀な戦争」ができたのか (講談社現代新書)

私事で恐縮だが、私は銀行で働くITエンジニアである。窓口に座ることが業務ではないとは言え、多少なりとも銀行業務について理解しているつもりではいる。

いや、理解していたつもりであった。

本書を読んでその自負が完全に消えた。

我々の先人達の尋常ならざる苦労と苦悩に恐れおののき、覚悟とともに一分一秒を争う日々を過ごしてきた先人達にただただ感謝するしかできなかった。

想像していただきたい。侵略者がやってくるのだ。話し合いの通じる人間であるとは限らない。樺太満州朝鮮半島北部にやってきたのは人語を介さぬ蛮族であった。言うなれば、この頃のネットを騒がせているイジメ動画に映っている糞土人どもが武器を持って暴れてやってくる。その蛮族どもから資産を守らねばならないのだ。無論人命も守る。だが、人命を守れる人はまだいても、資産を守れる人は残り少なくなっている。徴兵された人も多く、戦場に散った人も多くいる。残された人達で急いで日本へと避難する人達の資産を守り、その資産が日本に戻っても保全されていなければならない。その苦労は計り知れぬものがあったろう。

そもそも玉音放送までの日本の紙幣は三種類あった。現在も存在する日本銀行券、台湾のみの台湾銀行券、朝鮮半島遼東半島、そして満州で一時期使用された朝鮮銀行券である。日本銀行券も台湾銀行券も朝鮮銀行券も一円は一円であるが、台湾銀行券や朝鮮銀行券は日本で使うことはできず、日本銀行券を台湾や朝鮮半島で使うのも制約があった。そして、日本銀行台湾銀行朝鮮銀行の三つの銀行が紙幣を発行できた。なお、硬貨については大蔵省造幣局が発行する硬貨が統一貨幣として使用された。

つまり、玉音放送までの大日本帝国の紙幣制度、そして、紙幣を取り扱うのが宿命である銀行業務は現在よりかなり煩雑であった。朝鮮銀行券や台湾銀行券と日本銀行券とを等価交換しなければならない。しかし、実際の紙幣が供給されているならばまだしも、戦争が泥沼に進むと紙幣を印刷できる工場も爆撃を受け、紙幣の原料も入手しづらくなり、紙幣そのものが乏しくなってくる。それでいて個人だけでなく軍事関連企業、さらには軍そのものが大量の資金を要請するようになる。こうなると銀行業務がどうなるかは容易に想像できよう。おまけに、銀行員の少なくない数が軍に徴兵され、スキルを身につけた銀行員の数が減り、残された銀行員と新規に採用された女性を主とするこれからスキルを身につけようかという銀行員で、増える一方の業務を回さねばならない。銀行業務全体を見渡しても、銀行員一人一人の業務を見渡しても、その煩雑さ、多忙さは計り知れぬものがあったろう。本書にも、こうして銀行で働く女性のエピソードとして、あまりにも多忙であるために自宅に帰ることができず支店近くに共同のねぐらを間借りして自宅に帰るのも稀であったという女性達の姿が描かれている。なお、その人達は長崎市の人達であり、昭和20(1945)年8月9日に彼女達がどのような運命を迎えたか、それはこれ以上記さなくても容易に想像できよう。

本書の副題から「なぜ無謀な戦争ができたのか」というテーマで本書を読もうとするか型には肩すかしを食らうことになるであろうが、本書は、お金、金融・銀行という切り口に徹してあの時代を叙述した一冊である。だからこそ価値がある一冊と言えよう。

 

 

鷲田清一著「京都の平熱:哲学者の都市案内」(講談社学術文庫)

京都の平熱 哲学者の都市案内 (講談社学術文庫)

京都とは何とも奇妙な都市である。徹底した人工的な都市でありながら、雄大な歴史が都市全体に重なって日本随一の歴史都市となっている。ゆえに、観光客や修学旅行の学生の多くは京都の歴史を巡ろうとする。

しかし、京都は現在進行形で日本有数の大都市である。百万都市の一つであり、世界的な知名度を持つ企業が本社を置く産業都市である。実際、四条通を東西に歩くときに感じるのは大都市の様相であって、歴史の様相ではない。地名にこそ歴史が宿るが、歩いて感じるのは大都市の中心というインパクトである。

本書の著者である鷲田清一氏は京都生まれ京都育ちの哲学者であり、著者の人生は終戦直後の京都から昭和~平成へと移り変わる京都と重なる。すなわち、観光都市ではない京都のあるがままの姿を見てきた人物であり、その人物が京都市バス206系統という日常の路線バスを軸に、京都の街並み、人、文化、記憶、京都の当たり前の日常を描いたのが本書である。

もっとも、時代のせいと考えておくべきか、学生運動を肯定して回顧している部分は納得できない。このページは読んでいてつらく、一刻も早くこのページが終わらないかと考えながら読んでいた。正直言って学生運動肯定の部分で本書を投げ出したくなった。喩えていうなら、このところネットを賑わせているイジメ告発動画で、犯罪者が被害者を痛めつけているところを見なければならず、しかもそれを見てゲラゲラ笑っている動画内の土人どもと同レベルまで落ちぶれろと強要される感情だった。あの時代に学生運動に走ったことを恥じるなだまだしも、あの頃の犯罪を肯定している人はいったいどういう神経をしているのかと疑問を感じたが、その疑問はなおも深まった。

その点以外は、京都愛が溢れすぎている部分、そして、観光ガイドとして役立たないほどに京都の当たり前の光景を紹介しているという点も含めて、価値のある一冊と言える。

 

 

大島正二著「漢字伝来」(岩波新書 新赤版 1031)

漢字伝来 (岩波新書 新赤版 1031)

来月8日投開票日の衆議院議員総選挙に向けて立憲民主党公明党が合併して「中道改革連合」が誕生し、新たなロゴマークが作られたことに対し、「中国共産党の関係組織に『中革連』という組織があり、そのロゴマークに似ている」という話がネットに出ている。無論これは悪い冗談なのだが、その冗談を本気にしてネットで拡散している人がいる。さすがに𝕏(旧Twitter)のコミュニティノートに訂正が出ているが、その訂正の中でこれ以上無い説得力があったのが、「『中革連』の『連』の文字が簡体字ではない」という説明であった。

我々日本人は漢字を無条件で中国から来た文字であり、また、同じ文字を使用していると考えてしまうが、日本に漢字が伝来してから1800年、あるいは2000年者年月が経過しており、伝来と途絶が連続したこと、漢字以外の文字の概念が生まれなかったことから、漢字は日本語表記の唯一の手段となり、日本語の表現方法として確立された。

とまあ、ここまでであれば日本における漢字の伝来と日本語における漢字の役割として一般的な解説であり、タイトルから感じる本書の内容であろう。実際、本書のメインは日本語と漢字との関係である。

だが、多くの漢字伝来関連の本が日本国内の出来事だけに終始するのに対し、本書は東アジア全体を視野に入れている。歴代の朝鮮半島の国々、とくに百済新羅高句麗三国時代を筆頭に、ベトナム契丹=遼、西夏女真=金、さらにはモンゴル帝国時代のパスパ文字までを取り上げることで、漢字文化圏において漢字がどのように受容され、変容となり、そして拒絶されたかを比較している。

比較しているからこそ、日本人が漢字に対して音読みと訓読みの多重構造を構築し、その延長線上に表音文字としての仮名を生み出したことの独自性と稀有さが際立つ。

なぜ日本が漢字を日本語とすることに成功したか、そして、現在の我々の漢字が台湾とも、中国大陸とも異なる形で受け入れることができたかを本書は説明する。

その延長線上に、本日の記事の冒頭部である漢字の差異が存在する。

 

ジョナサン・ハイト著「社会はなぜ左と右にわかれるのか:対立を超えるための道徳心理学」(紀伊國屋書店)

社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学

衆院選が来月8日投開票となることがほぼ決まった。

高い支持率もあって、高市内閣の与党である自民党日本維新の会が今回の衆院選で優位に立つと見られていたが、ここに来て新たな勢力が誕生して、そこまでの与党圧勝とはならないのではないかという観測が出てきた。その新勢力こそ、公明党立憲民主党が合併してできた中道改革連合である。もっとも、参議院や地方議会では公明党立憲民主党も残存するので、文字通りの政党合併とは言い切れないところもあるが、それでも前回の衆院選や昨年の参院選立憲民主党公明党が獲得した得票がそのまま中道改革連合に加わったなら、衆議院の第一党は中道改革連合となるという計算もある。

あくまでも机上の計算では、の話であるが。

さて、この新政党が自称する「中道」、これは右でも左でもないという自己主張であるが、そもそも政治思想における右や左とはどのような意味を持っているのか?

ジョナサン・ハイトは複数の視点から人間の道徳感覚が形成されているとしている。すなわち、

  • ケアと危害
  • 公正と欺瞞
  • 忠誠と背信
  • 権威と転覆
  • 神聖と堕落

といった視点から道徳感覚が形成され、思考を形成するとしている。

ここで左は革新的で右は保守的と考える人は、上記の道徳について賞賛される道徳を全て身につけているのが革新的である左で、道徳を保持していないのが保守的である右であると考えるであろう。すると、中道とは上記の道徳について中立的態度に徹するということになるであろう。もっとも、行きすぎた道徳の押しつけが社会を悪化させることは戦前戦中の愛国婦人会の行動を見れば答えは容易に出てくる以上、中立的態度なのは間違っているとは言えない、と、左は革新的で右は保守的と考える人は結論づけるであろう。

ただ、ジョナサン・ハイトの出した解はそう簡単なものではない。左は上記の道徳のうちケアと公正に過剰に軸足を置く一方で他の道徳については無思慮あるいは不道徳であるのに対し、右こそが全ての道徳についてバランスよくとっているとしている。

それだけでなく、 人間に存在するグループ志向が、宗教、政党、チームといったグループへの帰属意識を高め、協力性が高まる一方で、他集団への敵対心も強まり、対立が激化しやすいとしている。 この国は「革新」が排他的で古くさい考えの集団を意味する言葉になり、「リベラル」も排他的で古くさい考えの集団を意味する言葉になった。そこで新しい概念として「中道」を持ちだしたのであろうが、結局のところは同じとするしかない。自分の正義を絶対正義とし、排他的になり攻撃的になる。

実は本書について当ブログで取り上げるのは二度目である。一度目に取り上げたエピソードはここでも参考になるであろう。

自分のことをリベラルと自認する人が、自分と考えを等しくする仲間を募ろうとした。

その人が考える自分の仲間とは、知性が高く、自由を愛し、豊かさを愛し、平和を愛し、環境問題にも熱心で、全ての差別を許さず、人権意識も高く、格差問題の解消のための税制改正も訴え、教育費の公費負担も医療費の公費負担も同意するという人である。

その結果、リベラルを自認する人の周囲には物の見事に、それまでその人が敵と考えてきた保守的な人が集まった。

戦争と平和とどちらが素晴らしいと考えるか?」

  • 保守:保守=平和,中道=平和,リベラル=平和
  • 中道:保守=平和,中道=平和,リベラル=平和
  • リベラル:保守=戦争,中道=戦争,リベラル=平和

社会福祉をどう考えるか?」

  • 保守:保守=重要,中道=重要,リベラル=重要
  • 中道:保守=重要,中道=重要,リベラル=重要
  • リベラル:保守=弱者は切り捨て,中道=弱者は切り捨て,リベラル=重要

 

 

ジェームス・M・バーダマン&里中哲彦著「はじめてのアメリカ音楽史」(ちくま新書)

はじめてのアメリカ音楽史 (ちくま新書)

年末になるとベートーヴェン交響曲第九番、いわゆる「第九」が流れる。第九は今でこそクラシックの名曲となっているが、作品発表当時は斬新な音楽であり、当時の最先端の音楽であった。ナポレオン戦争後の貧困に喘ぐウィーンだからこそ生まれた音楽であり、その音楽が広い地域に広まったからこそ現在も愛される名曲になった。音楽の教科書にも載る音楽になった。第九は学びを伴う音楽という認識がある。

同様の現象はアメリカ音楽についても言える。氷河期世代アメリカ音楽を聴くと、それは同時代の流行曲、もしくは上の世代の流行曲と感じるであろう。多かれ少なかれ20世紀の音楽はアメリカ音楽の影響を受けている。氷河期世代の多くはアメリカ音楽そのものだけでなくその影響を受けた音楽を受けた諸々の音楽に包まれてきた人生を送ってきており、本書に掲載されている音楽のタイトルを目にすると、あるいは本書に掲載されている音楽を実際に聴くと、そこには同時代の音楽を感じる。

一方、今世紀生まれが本書に掲載されているアメリカ音楽を聴いた場合、そこに感じるのは古典の名曲であり、音楽の教科書に載っている音楽という認識である。音楽を楽しむのではなく音楽を学ぶというスタンスになる。

そして、この音楽を学ぶというスタンスをもう一段掘り下げるとどうなるか?

本書になる。

本書はアメリカ音楽の歴史を二名の著者での対談形式で進めている一冊である。そこには音楽に対する評論だけでなく、音楽が生まれた当時のアメリカの社会情勢、すなわち、肌の色による差別、奴隷制廃止のあともなおも続いた冷遇、肌の色による分断は相互に相容れることなく独自の文化となった一方、分断の壁を乗り越えることによって新たな文化が生まれ、そこに差別撤廃、権利の増進、そして、今まで自分達がやってきたことは許されざる差別であり決して繰り返してはならないことであるという認識が醸成される。

音楽は抑圧の中での抵抗の方法であり、また、抑圧の中での数少ない楽しみであった。その意味で、ナポレオン戦争後のベートーヴェン能美出した音楽と同様、社会が生み出した音楽であるがゆえに多くの人の心を掴み、時代を超えることで教科書に載る作品になるという経緯を有する。

本書はたしかにアメリカ音楽の歴史についての対談である。だが、それは同時に、アメリカあの社会の推移、そして、その時代の生み出した社会の中で冷遇されてきた人々の叫びが存在する。音楽を楽しむだけでなく、音楽を学ぶことで、一つの歴史を目の当たりにすることとなる。

 

藤尾潔著「大震災名言録」(アドレナライズ)

大震災名言録

平成7(1995)年の昨日、阪神淡路大震災が襲いかかった。

この点について忘れてはならないことがある。

それは、平成7(1995)年1月17日だけが阪神淡路大震災の被害に苦しんだ日ではないという点である。

たとえば震災翌日である平成7(1995)年の今日は、阪神淡路大震災の被災者が、自宅ではない場所で朝日を拝んだ日である。被災者が避難所に身を寄せ、家族や友人や恋人の無事もわからぬまま、これから先どうなるのだろうかという不安を隠せぬ日常を過ごすことになった初日である。しかも、これはこの日だけの出来事ではなく、次なる住まいに身を寄せるまで延々と続くこととなる出来事である。

本書に記されているのは、被災者たちの生々しい、それでいてユーモアのこもった言葉の列挙である。

不謹慎と感じる人は多いかも知れない。だが、これこそがリアルなのだ。人としての当たり前の暮らしがあり、その暮らしを地震が破壊した。破壊された暮らしを立て直すのに必要なのがユーモアなのだ。

本書を読んで痛感するのは、被災した人達の生々しい実体験、そして、被災を見世物として扱っている側の残酷なまでの心情である。無関心のほうがまだマシと言いたくなる心情である。この一冊に記されている内容を読んで自らを省みたとき、被災者支援のためにという善意が生み出した行動が、いかに被災者に負担をかけ、被災者を苦しめているのかを知るはずである。そこにユーモアがあるからまだ本書は救いがある。ユーモアがなければ、自らのやらかしがいかに相手を苦しめてきたのかという自責の念にさいなまれることとなるであろう。

ユーモアの生み出す寛容がここにはあり、その寛容の上に生活再建が存在する。

大震災名言録

大震災名言録

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岡本勝著「禁酒法:酒のない社会の実験」(講談社現代新書 1284)

禁酒法: 酒のない社会の実験 (講談社現代新書 1284)

何度かネタにしているが、私はたしかに禁酒に成功した人間である。酒を呑まなくなったのは令和になってすぐの頃だから、もう7年になろうか。厳密に言えば父の葬儀後の会食で献杯したときに日本酒を微量飲んだから、全くのゼロではないが。

だからといって、私個人が他者に対して酒の害を説き、酒を呑まないよう促すことはない。そもそも酒を呑まなくなったのは、とある痔情――事情ではなく――によって医師から禁酒命令が出たからである。二度の手術を経て健康を取り戻したものの、一度辞めた酒をもう一度呑もうという意欲が湧き起こらず、ただ単に私が酒を呑まない人間になったというだけである。

私は酒を呑まないが、禁酒を他者に強要するわけではないのは、酒の害を説き、酒を禁止するとどうなるかを知っているからである。身を以て知っているからではなく歴史を学んで知っているからである。

1920年1月16日から1933年3月23日まで、アメリカは国全体が禁酒を命じられていた。いわゆる「禁酒法(Prohibition in the United States)」である。本書は禁酒法の前の禁酒運動から、禁酒法施行下のアメリカ社会、そして、禁酒法の終焉を描いた一冊である。

結論から記す。禁酒法は失敗であった。

もっとも、本書は禁酒法を失敗の悪法であるとまでは記していない。禁酒法に至るまでの社会運動が禁酒法として成就した結果、飲酒による家庭内暴力の減少、労働災害の減少、労働生産性の向上、そして政治の浄化といった面の評価はできるとしている。

たしかに禁酒法には、アル・カポネをはじめとするギャングの跋扈、表立って営業できず闇に潜り込む酒場、失敗すると発酵してアルコール院領になってしまう謎の固形物のように一応は合法な範囲で酒を手に入れる方法を模索する人々といったものもある。また、国境を越えて酒を手に入れる動きもある。ただ、本書の著者が記しているように当初の目的はある程度達せられたという側面もあり、その目的を達成したために実験は終了した、また、1929年に始まった世界恐慌に対する経済政策の一貫としてアルコール関係の産業の復活を考えたという捉えかたもできるのである。

社会科学は自然科学にあるような実験による再現が困難である。その代わりに歴史を学ぶことによって実験による検証に類似した知覚を得ることができる。人によってはそれを歴史実験と呼ぶ人もいるし、本書にあるように多くの人が失敗とする歴史実験に対する評価を示す人もいる。

本書による評価と必ずしも一致するわけではないが、酒を禁止すること、あるいは酒以外の何かしらを禁止することを求めた場合、どのような社会ができあがってしまうか、そうした歴史実験の結果が本書には存在する。