德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

P. F. ドラッカー「見えざる革命:年金が経済を支配する」(ダイヤモンド社)

本書は、1976年に「来たるべき高齢化社会の衝撃」の副題で初版刊行となり、その後、1991年の論文「企業は誰ものか」を終章に加えて1996年に現行の副題で刊行された一冊である。つまり、一応は1996年の書籍の復刊ということになるのだが、基本的には1976年に刊行された書籍であることを念頭に置いていただきたい。

 

その時点でドラッカーは現在の高齢化社会のもたらす企業社会の在り方を説いている。

すなわち、株主の声が強くなり、株主への還元が最優先される社会である。強くなった株主の声が政権を動かして法人税を下げ、下げた分の金額が株主の元に還元されるという社会だ。

このように書くと、有力資本家が絶大な権力を手にし、資本家が不労所得で生きる各社社会を創造するであろうが、ドラッカーが説いている不労所得で生きる者とは資本家ではない。

年金生活者である。

年金基金が企業の株主となり、年金基金が企業を操るようになり、年金生活者が大票田となって民主主義を支配し、年金生活者にとって都合の良い社会を作り上げる。このような社会だ。

資本主義のひずみとか、資本主義の構造的欠陥とか。そのようなレベルの話ではない。人類が長命となり、年金生活の期間が延び、年金生活者が権力を手にすることで、年金生活者が社会の支配者となる時代になるというのだ。

1976年のドラッカーの主張は残念ながら当たってしまった。持てる1%と持たざる99%という図式ならば単純であったろう。しかし、対比は1%と99%ではない。むしろ持てる側のほうが多く、票数が多く、政治を動かす。多数派が政治を取り仕切り少数派が多数派の命じるままに働き、生み出した生産が給与として自分の手元に戻ってくるのでも、税金として国に還元された後に自分のと元にやって来るのでもなく、恩も義理も無い赤の他人のもとに行ってしまう。しかも、その赤のたぶん自身が自分で自分のことを貧困者であると考え、弱者であると考え、自分の得ている権利は当然の権利、もしくは不当に少ない権利と考え、平然と主張する。貧しい人がいること、現役世代が苦しいことも知識としては知っているが、それと自分の負担を減らすこととは何の関係もないという社会になってしまうのだ。

 

さらにここに法人税の性格が加わる。

法人税とは逆累進課税という側面を持った税である。法人税を上げることは、一見すると特権を持った資本家に対して課税するように見えてしまうが、実際には年金生活者の資金源を減らすことにつながる。そのことを理解している人は法人税の減税に賛成し増税に反対するが、多くの人は、法人税こそ値上げして、個人に負担が課せられている税を減らすべきと考える。そして、選挙で勝つのは多数派である。

ドラッカーは予言していたが、今に生きる我々は現実社会で生きている。実現したのは法人税の減税ぐらいである。

それもいつまで続くかわからないが……