德薙零己の読書記録

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セシリア・ワトソン著,萩澤大輝&倉林秀男訳「セミコロン:かくも控えめであまりにもやっかいな句読点」(左右社)

次の文を読んでいただきたい。

We find the defendant, Salvatore Merra, guilty of murder in the first degree, and the defendant, Salvatore Rannelli, guilty of murder in the first degree and recommend life imprisonment at hard labor.
被告人サルバトーレ・メラを第一級殺人罪で有罪、及び被告人サルバトーレ・ランネリを第一級殺人罪で有罪として重労働を伴う終身刑を勧告する。

これは1927年のニュージャージー州でサルバトーレ・メラとサルバトーレ・ランネリの二人に対して陪審が出した評決と判決勧告である。ランネリは第一級殺人罪で有罪とし、重労働を伴う終身刑を勧告するとしたことはわかる。問題はメラに対する陪審の判断だ。判事はメラに対して死刑を宣告したが、弁護人は終身刑が二人の被告にも勧告されたと主張した。

弁護士の主張は以下の通りである。「この文は陪審の意図するところを記しておらず、本来あるべきセミコロンを書き損じている。セミコロンを補って陪審の意図するところを正しく記せば以下の通りとなるはずだ」と。

We find the defendant, Salvatore Merra, guilty of murder in the first degree; and the defendant, Salvatore Rannelli, guilty of murder in the first degree and recommend life imprisonment at hard labor.
被告人サルバトーレ・メラを第一級殺人罪で有罪とする;そして被告人サルバトーレ・ランネリは第一級殺人罪で有罪とし、重労働を伴う終身刑を勧告する。

これに対して検察側は陪審がメラを死刑とすることを意図していたと主張し、審理結果はメラに死刑を言い渡した。その上、最初に記録された評決には以下の通り、and recommend の前以外にはセミコロンもカンマも無かったと指摘した。

We find the defendant Salvatore Merra guilty of murder in the first degree and the defendant Salvatore Rannelli guilty of murder in the first degree, and recommend life imprisonment at hard labor.
被告人サルバトーレ・メラを第一級殺人罪で有罪及び被告人サルバトーレ・ランネリを第一級殺人罪で有罪、そして重労働を伴う終身刑を勧告する。

結局裁判長は裁判から数ヶ月を経た後で評決分を以下の通りに是正した。

We find the defendant Salvatore Merra guilty of murder in the first degree. We find the defendant Salvatore Rannelli guilty of murder in the first degree, and recommend life imprisonment at hard labor.
被告人サルバトーレ・メラは第一級殺人罪で有罪とする。被告人サルバトーレ・ランネリを第一級殺人罪で有罪とし、重労働を伴う終身刑を勧告する。

セミコロンの有無が文字通り人間の命に関わる話になったのである。

本書はこのように、英文の世界で、特に英文法の世界で何度も論争を巻き起こしてきた記号である「セミコロン」について詳しく解説した本である。英文法家たちの仁義なき論争だけでなく、上述のような死刑か終身刑かの分水嶺、さらには法令上のセミコロンの有無のためにボストン中で酒が呑めなくなるかどうかという騒動、句読点の使い方を指摘されて校正者にブチ切れるマーク・トウェイン、難しい文章、特にセミコロンを大量に使用する難解な文章のせいで全く売れなかった『白鯨』など、セミコロンが巻き起こしてきた歴史を描写している。

原著はかなりユーモアに富んだ本である。その本の日本語訳、すなわち、セミコロンを持たない表記体系の言語に訳すのであるから本来であれば困難であったはずなのだが、本書は、セミコロンを英文和訳の引用以外でほぼ使うことなく、あざやかに再現してくれいてる。これは訳された方々の尽力のおかげである。