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関幸彦著「百人一首の歴史学」(吉川弘文館)

百人一首の歴史学 (読みなおす日本史)

鎌倉幕府成立の頃の京都の情勢を知りたければ、藤原定家の日記に頼ることが多くなる。パワハラ気質なところと言葉使いが御世辞にも上品と言えないところを諦めれば、藤原定家の日記は後鳥羽上皇の時代の京都の情勢を知る最上級の歴史資料である。

しかし、それは平安時代末期から鎌倉幕府草創期を研究する人にとっての視点であり、そうでなに日本人にとっての藤原定家の重要性は、何と言っても百人一首の選者としての側面である。

何しろ、藤原定家の時代までに詠まれた数多の和歌の中から百首を厳選したのである。上の句と下の句に分かれている札を取り合うゲームとしてだけでなく、和歌そのものの選択がなんとも絶妙なのだ。あの日記を書いた人と同一人物が選び抜いたとは信じられないほどである。

そして、選ばれた百首は七世紀から一三世紀に至る歴史のもとで詠まれた和歌であること、様々な立場にある者が詠んだ和歌であること、そのバラエティの豊富さは今に生きる我々に歴史を、また、その時代の社会の空気を伝えてくれる。個人の心情も、社会構図も、現在には存在しない暮らしの様相も、わずか三十一文字にまとめられた韻文から伝わってくる。

本書は百人一首そのものと、百人一首に選ばれた和歌の背景を書き記した書籍である。本書を読むことで、百人一首のゲームとしての側面以外の奥深さを知ることとなるであろう。