德薙零己の読書記録

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田渕句美子著「百人一首:編纂がひらく小宇宙」(岩波新書)

百人一首 編纂がひらく小宇宙 (岩波新書)

今に生きる我々は、思いを伝えたいときに、文章を使い、写真を使い、音声を使い、動画を使う。ネットに載せて多くの人に届けるのであっても、ただ一人に届けるのであっても、あるいは自らのみが届ける相手であったとしても、その手段は、文章であったり、写真であったり、録音であったり、録画であったりする。

それは現在の科学技術の産物であり、かつてはそのような方法などなかった。今から1000年前の日本で存在していたのは五七五七七の和歌のみであった。感動的な風景を目にしたときも、信じられない瞬間に出会ったときも、多くの人に思いを伝えるのであっても、ただ一人に思いを伝えるのであっても、三十一文字(みそひともじ)だけが浮かび上がった感情を伝える手段であった。そして、太古から存続しているものであるために和歌は数多く記録に残り、その中で特に優れた和歌を選び出すことも頻繁に繰り返されてきた。百人一首はまさにその例である。

それでいて、百人一首についての研究はまだまだ尽きることがない。本書は百人一首の成立と、書く時代における百人一首の普及、新たな百人一首の選定、そして、百人一首に選ばれた和歌の一つ一つについての最新研究をまとめた一冊である。

伝える相手が誰であるか? コミュニケーションの基本であるが、何かを伝えるときは誰に向けて伝えるのかを考えて発する。ただ一人なのか、不特定多数なのか。その一点を考えるだけでも、慣れ親しんだ百人一首の和歌について別の顔が見えてくる。