テレビというのは映像と音を伝える媒体である。現在放送中の大河ドラマの光る君へは平安時代の様相を描いており、視聴者に平安京の暮らしを追体験させるドラマにもなっている。
しかし、どうしてもテレビというメディアの特性上、再現しきれないし伝えきれない現実が存在する。
平安京は臭いのだ。
排泄物の匂いも、放置された死体の腐敗臭も、そして南北に流れる川からの匂いも、現代人には耐えられるものではないのだ。ちなみに、南北に流れる川とは賀茂川(or鴨川)のことだけではなく、平安京の内部も北から南へ流れる小さな川が点在していた。それは平安京の住民にとっての生活用水の供給源でもあったが、上水道としての役割だけでなく下水道としての役割も担っていたし、ゴミ捨て場にもなっていた。そのような河川がどのような香りを漂わせるかは、敢えて記すまでもない。
そもそも平安京は完成された都市ではない。藤原緒継のせいで工事が途中で止まり、西半分の建設が途中で放棄されて放置された都市である。工事を最後まで完成させておけば、その後の歴史において繰り返されてきた水害も、何度も繰り返されてきた感染症も防ぐことができたであろうし、水利施設もここまで無秩序で劣悪なものとならなかったであろうが、途中で放棄された。その結果がこのザマだ。桓武天皇の二代事業である遷都と東北遠征の双方とも途中で放棄したせいで、失われた命の多さ、未来に与えてしまった負債の多さ、そして、本書のタイトルにも連なる劣悪な生活状況を生み出してしまった。
まったく、税の無駄という名目での事業縮小は百害あって一利無しである。
ちなみに、平安京だけでなく平城京も臭かったという。臭くて耐えきれなかったことから長岡京へ、さらには平安京へ遷都をした結果がこれである。