德薙零己の読書記録

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橘木俊詔著 「「地元チーム」がある幸福:スポーツと地方分権」 (集英社新書)

2023年9月1日土曜日、バスケットボール男子日本代表がパリ五輪出場を決めた。今回のバスケットボールW杯は地上波で華々しく中継され、劇的な逆転勝利の連続に日本中が酔いしれ、試合後の朝のニュースでもバスケットボールの試合の様子が繰り返し放映された。

しかし、バスケットボール男子日本代表の選手達が、普段どこでバスケットボールをしているのかを報道することはない。選手紹介の下に小さく所属チーム名が付されていればいいほうで、多くの場合は選手名と年齢しかない。

No. 氏名 ポジション 所属
2 富樫 勇樹 PG 千葉ジェッツ
5 河村 勇輝 PG 横浜ビー・コルセアーズ
6 比江島 慎 SG 宇都宮ブレックス
12 渡邊 雄太 SF フェニックス・サンズ
18 馬場 雄大 SG 日本バスケットボール協会(※)
19 西田 優大 SG シーホース三河
24 ジョシュ・ホーキンソン C・PF サンロッカーズ渋谷
30 富永 啓生 SG ネブラスカ大学
31 原 修太 SF 千葉ジェッツ
75 井上 宗一郎 PF 越谷アルファーズ
91 吉井 裕鷹 SF アルバルク東京
99 川真田 紘也 C 滋賀レイクス

※ 馬場雄大選手はNBA下部組織にあたるGリーグのテキサス・レジェンズに所属しているが、FIBAの公式サイトでは日本バスケットボール協会所属となっている。

 

こうしてみると、多くの選手がかなり身近なところで試合をしていることが見てとれる。全国区のテレビしか観ていない人にはあまり実感できないであろうが、実は、地方局では大々的に報道されることもある。また、地域密着やスポーツ専門の配信サイトでも大々的に取り上げられている。ここに大きな情報格差が存在している。

日本社会におけるスポーツが、地上波全国ネットのテレビで観るという時代から、地元のスポーツを観に行くという時代に変化するようになっている。かつては地域の地上波テレビで、あるいはラジオ局で、その地域のプロ野球球団の試合を中継することぐらいで、それ以外は全国ネットのスポーツ中継しかなく、中継される内容も北海道から沖縄まで全く同じであった。そして多くは東京のテレビ局が作成する映像であり、内容も東京に主軸を置いたものであった。

それが、テレビで観るスポーツから、地域に密着した実際に観に行くスポーツへと変化していった。顕著な例は1993年のサッカーJリーグの開幕であり、また、地域密着の代表例として挙がるのもJリーグであるが、実際にはサッカーだけでなく、冒頭に挙げたバスケットボールやアイスホッケーもあり、また、プロ野球も1989年の福岡をはじめ、仙台での楽天イーグルスの誕生や日本ハムの北海道移転、ロッテの千葉への密着や、西武ライオンズ埼玉西武に、ヤクルトスワローズ東京ヤクルトに変更となったように、プロ野球においても地域密着は当たり前になってきた。

東京一極集中からの脱却と経済面での地域振興という視点でも「地元チーム」の存在は無視できない時代を迎え、地元チームのもたらす経済効果は無視できぬものが出てきた。有名な例では埼玉スタジアムがある。

埼玉スタジアム2002の建設費は約356億円、ここに設計価格や用地費等も含めると公園整備総額は約766億円であり、さらにここに年間維持費の7億円が降りかかる。この出費の全てが埼玉県の負担だ。ところが経済効果となると、10年間で約1674億円の経済効果を埼玉県にもたらしている。初期投資費用はかなりの数字であったが今はとっくに初期費用の回収も終わり、あとは利益の獲得のターンに入っている。サッカー日本代表の試合を開催するスタジアムであることもあるが、浦和レッズという地域密着の成功例とすべきクラブがあるとここまでの利益をもたらす。地域密着のスポーツには、地域を一時的に活性化させるというレベルでは無く、安定した経済成長を生み出す効果があるのだ。

「遠くのオリンピックではなく近くのチームが私たちの人生を豊かにする」とは本書の言葉である。世の中には地域のスポーツに対する出費を税の無駄と批難する人もいるが、利益をもたらす存在を税の無駄とは言わない。