英語で中国のことをチャイナ(China)という。同じスペルでドイツ語ではヒナ、フランス語ではシネという。中国大陸初の統一王朝である秦に由来する。一方、ロシア語では中国のことをキタイ(Китай)という。歴代の中国大陸の統一王朝のどこを探してもこの語の語源となる王朝名は見つからない。それも当然で、ロシア語のキタイの語源を辿るとこの国に行き着く。
日本史や世界史を学んだ者であれば、本書の署名である契丹国、あるいは国号変更後の名である遼の存在を知るはずであるが、では、具体的にはどのような国家であったかとなると、具体的なイメージはつかみ取れない人が多いのではないであろうか。
しかし、冒頭のロシア語のキタイのように、実際に国境を接していた歴史を持つ国となると具体的なイメージがついて回る。正確に言うと、戦争で向かい合った国家としての歴史がつきまとう。必ずしも正しいイメージではないが、日本に生まれ育った者よりは鮮明なイメージであると言える。
ただ、契丹国が存在していた頃の日本人はこの国のことをそれなりに把握していたのだ。たしかに契丹国は、かつて日本国の最大の同盟国であった渤海国を滅ぼした国である。ただ、当初は警戒感を持って接することとなった日本と契丹との関係であるが、時代とともに緩やかな同盟関係にある国へと変わっていった。軍事同盟ではなく、敵の敵は味方という戦略的互恵関係というべきか。それでも、契丹に対する知識は同時代の中国大陸の統一国家や五代十国の諸国家よりは薄いものがあったのは、そして、現在でも薄いままなのはその通りなのである。
本書は薄くなってしまっている契丹国に対する歴史、国政、対外関係をまとめた一冊である。本書に対するわかりづらいという評判はあるものの、現在の日本で手に入れることのできる最上級と言えるレベルの契丹国に対する解説書である。