かつて、日本語に文字は無かった。
そこに中国大陸から漢字が伝来し、漢字が東アジア一帯におけるリンガフランカであったために、日本中に広まった。
表意文字という概念が伝わったならば文字に意味を持たせる文字体系を構築したであろう。
表音文字という概念が伝わったならば発音をそのまま転写する文字体系を構築したであろう。
だが、日本に伝来したのは、日本語の表記のために生み出されたわけではない文字体系である漢字であった。
西夏やモンゴルのように独自の文字体系を作り出すのではなく、朝鮮半島やベトナムと同様に漢字をそのまま自らの言語を表記するために用いるために、我が国の祖先達は苦労を重ねた。苦労を重ねたために日本語を文字に記すための方法が複数誕生することになり、その結果、正書法がないという言語体系が誕生することとなった。たとえば、「こころ」「ココロ」「心」の全てが許容されるだけでなく、「精神」と書いて「こころ」と読ませるという表記法も許容される言語体系が誕生した。
本書は、万葉集からこれまでの日本語の書き言葉の成立と変遷を記した一冊である。本書を通じて我が国の祖先が漢字とどのように格闘していったか、記録を残し、自らの思いを伝えるために漢字をいかに取り込んでいったかが記されている。
そして、その格闘は今も続いていることが痛感させられる。



