德薙零己の読書記録

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佐伯智弘著「中世前期の政治構造と王家」(東京大学出版会)

本書は著者である佐伯智広氏の博士論文をもとにまとめた一冊であり、日本中世前期の王家という概念を批判的に再検討し、鳥羽院政期から鎌倉中期に至る王家の家長権と王家領荘園の伝領を具体的に分析した研究書である。

私は平安時代叢書において、可能な限り王家という名称を用いていない。というより、本書で記されている本書で言う王家に該当する概念の言葉を使用していない。
歴史学用語における王家とは、天皇の血統を引く皇族や親王の総称であり、中世において政治的、かつ、経済的な権力を持っていた存在である。ただし、王家という用語は歴史学上の便宜的なものであり、中世前期においては王家という一元的な集団ではなく、多様な家系や関係性が存在していたことを筆者は指摘している。

本書は、以下のような構成になっています。

第一章では、王家という概念の歴史的変遷と現在の問題点を概観し、本書の研究目的と方法論を提示している。著者は王家を
皇位継承に関わる皇族・親王
院政期以降に成立した親王
院政期以降に成立した親王領荘園
の三つの側面から捉えることを提案している。

第二章では、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけての皇位継承問題を分析し、王家の内部で起こった対立や連携の実態を明らかにしている。著者は皇位継承における嫡流と分流の区別が必ずしも明確ではなく、時代や事情によって変化していたことを示している。また、皇位継承に関わる皇族・親王が持っていた家長権の概念を導入し、その内容や範囲を考察している。

第三章では、院政期以降に成立した親王家の形成過程と特徴を分析し、その多様性や変動性を指摘します。筆者は、親王家が単なる血縁集団ではなく、院号宮号院宣や宮宣などの文書や称号を通じて自己表象し、他者と関係性を築いていたことを示している。また、親王家が持っていた院宣・宮宣発給権という概念を導入し、その内容や範囲を考察している。

第四章では、院政期以降に成立した親王領荘園の形成過程と特徴を分析し、その多様性や変動性を指摘している。筆者は親王領荘園が単なる経済的資源ではなく、院宣や宮宣、また、荘園公領制などの制度や文書を通じて政治的権力を行使し、他者と関係性を築いていたことを示している。また、親王領荘園が持っていた伝領という概念を導入し、その内容や範囲を考察している。

第五章では、本書のまとめとして、中世前期の王家の政治構造とその変容を総括し、日本中世史における王家の位置づけと意義を考察する。筆者は、中世前期の王家が家長権、院宣・宮宣発給権、伝領の三つの権能を持ち、それぞれに応じた関係性や交渉を展開していたことを示している。また、王家が持っていた権能や関係性は時代や事情によって変化し、その変化が日本中世史の転換点となったことを示している。

本書は、日本中世前期の王家に関する従来の研究に対して新たな視点と方法論を提供するものであり、日本中世史の理解に貢献する著作となっている。筆者は、豊富な史料や先行研究に基づいて、王家の内部構造や外部関係を詳細に分析し、その多様性や変動性を明らかにする。また、王家が持っていた権能や関係性が日本中世史の大きな流れにどのように影響したかを示し、王家の歴史的意義を浮き彫りにしている。本書は、日本中世史に興味のある読者にとって、有益で興味深い一冊となるはずである。