德薙零己の読書記録

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飯島渉著「感染症の歴史学」(岩波新書)

感染症の歴史学 (岩波新書)

今に生きる全ての人は、COVID-19を無視することなどできない。2019年末に発生したこの新たな肺炎は2020年になると全世界的なパンデミックとなり、数多くの人が命を失い、命を取り留めても後遺症に悩まされる人は少なくない。感染を食い止めるために経済を停め、ロックダウンとして人と人との接触が減り、当初はマスク、次いでトイレットペーパー、さらには手洗い用の消毒液が店頭から消えた。

店は閉まり、出歩く人は減り、リモートワークが普及した一方で失業者も増大した。働き続けることができた人でも売上は伸びず、株価も低迷して企業業績は悪化の一途を辿った。もっとも、売上だの株価だのと言っていられる人はまだ幸運な人であった。それまで働いていた店が倒産して失業した人、自分が経営する店が潰れて失業した人も相次いだ。児童、生徒、学生も登校できなくなり、卒業式も修学旅行も実体験できるものではなくなった。

この、COVID-19の歴史的位置づけはおそらく後世の歴史家が判断することとなるであろう。今に生きる我々は歴史の記録を後世に残すことを考えるべきである。

そう、本書の著者が主張するように。

本書はCOVID-19だけでなく、天然痘やペスト、マラリアといった、人類を危機に追い込んだ感染症について、その歴史的経緯を叙述する新書である。その上で、記録を後世に残すことの大切さを訴えている。人類はどのようにして天然痘を撲滅させ、マラリアと向かい合い、ペストに立ち向かったのか。その足跡は間違いなく、COVID-19においても、そして、今後発生するかもしれない未知の感染症についても、大いに役立つはずである。

なお、本書の著者は記録の散逸を危惧しているが、文学部史学科で歴史を学び、ITエンジニアを職業としている立場から言うと、それは杞憂である。

一言で言うと、世の中そこまで甘くない。都合の悪いことを消そうとする動きは例外なく失敗し、重要視されないでいる資料は何もしなくても残ってしまうものである。

むしろ保護を強く訴えるほうが資料を失わせるきっかけになる。少なくともこれまでの歴史に従うならば、の話であるが。