德薙零己の読書記録

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和田博文著「三越 誕生!:帝国のデパートと近代化の夢」(筑摩選書)

三越 誕生!: 帝国のデパートと近代化の夢 (筑摩選書)

 

本書は、日露戦争勝利により東アジアの帝国としての地位を確立していく近代日本と軌を一にするように、三越呉服店がデパートメントストア宣言を掲げ、呉服店からの脱却を目指したことを描き出している。「学俗協同」を提唱し、欧米経験を持つ文化人で「流行会」を組織し、都市空間を彩るファッション、雑貨、サービスを生み出す快進撃は、当時の女性観や児童観を牽引した。日露戦争から第一次大戦にかけての十年間、日本は列強の一員たることを目指そうとした。その時期の「三越デパートメントストア」の情景は当時の文芸作品や新聞、雑誌などに記録されており、その時代の最新が本書を彩っている。

すなわち、アールヌーヴォーが流行の最先端で、夏目漱石の小説は現在進行形で新聞に小説を連載していて、エスカレーターが最新設備というのが明治から大正にかけての時代風景であり、本書はその時代の最新を再現した一冊である。

前段に記した夏目漱石の小説はいま読んでも面白いが、新聞連載当時に読んでいた人の味わった面白さは体験できない。
美術館に展示されているアールヌーヴォー期の作品を眺めると感動するが、当時の人の味わった感覚は体験できない。
こうした体験の溝を埋めるのに必要なのは、歴史の空気を知ることである。本書にはその時代の雰囲気が流れている。