この世には無礼な人がいる。人前で怒鳴り散らす人、部下に暴言をぶつける人、怒りのまま言葉をぶちまける人がいる。
そうした人が顧客なら、また、そうした人が同僚なら、職場はどうなるか。
従業員は健康を害し、職場は金銭的損失を計上し、仕事の質を著しく下げる。思考能力も認知能力も落ち、そして、無礼な人を迷惑に感じる人自身が攻撃的になってしまう。そして、多くの人が職場から離れてしまう。健康を害し、攻撃的な性格になり、思考能力も認知能力も落ちたままの状態で転職市場に挑むことになる。残るも地獄、去るも地獄で、残された職場は人手不足が著しくなる。
では、その逆はどうか? すなわち、礼節ある人ばかりの環境に身を置くとどうなるか?
健康を獲得し、売上を残し、個人としても組織としても成長を遂げ高い業績を記録する。そもそも離職率が減るので人手不足と無縁になる。離職した人も、健康かつ穏やかな性格のまま思考能力も認知能力も向上した状態での転職であるから、より成功を手にする可能性が高まる。
本書は"Mastering Civility: A Manifesto for the Workplace"のタイトルで2016年に刊行された本の日本語訳である。上記に記した無礼と礼節との関係も本書に記されたエピソードであり、多くの人が共感するところであろう。
無礼な人のいる環境の居心地の悪さと苦痛、そういう人のいない環境の居心地の良さと安心感を否定する人もいないであろう。笑顔を絶やさず、相手を思いやり、相手の言葉を聞く。言葉に記せば簡単なことになるが、これは簡単ではない。何と言っても心の奥底にある偏見を取り除くところから始めねばならないのだが、これがきわめて難しい。自分が偏見を持っていると気づくところからはじめ、他者へ示してしまっている偏見を取り除かねばならない。それは直接顔を合わせるときだけでなく、メールやチャット、SNSへの書き込みも例外ではない。かく言う私も礼節ある文面を書いているかと問われれば、100%問題なしとは言えない。
それに、私の送り出しているこの作品も、かなり無礼な人を主人公にしていることを顧みなければならない。
本書の原著名である "Mastering Civility"、日本語で「礼節を極める」は、単にマナーを向上させようという呼びかけではなく、職場における人間関係の捉え方を大きく転換させようという呼びかけなのだ。作者は、礼節は単なる気遣いではなく、生産性、定着率、イノベーションに直接影響する戦略的優位性であることを示す。本書は、読者が自分の行動に主体性を持ち、自分の行動がより大きな職場環境に及ぼす波及効果を考慮するよう促している。
本書を読むことで自らを省みると同時に、環境を良くするためにいかに改善するかを考えることはとても重要なこととなろう。