德薙零己の読書記録

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ジョージ・オーウェル著,土屋宏之&上野勇訳「ウィガン波止場への道」(ちくま学芸文庫)

昨日アップした「貧乏人の経済学*1」に関連して本書のこのフレーズを思い浮かべた人もいるであろう。

「何よりも困ったことに、お金を持っていない人ほど、体にいい食べ物にお金を使いたがらない。…(中略)…。失業しているときには味気ない健康食品など食べたくない。何かちょっと美味しいものを食べたい。何かしら安上がりな美味が誘惑してくるのだ。」

1937年に出版された「ウィガン波止場への道」は、ジョージ・オーウェルがイギリスの工業都市であるウィガンを訪れて労働者階級の生活状況や貧困、そして社会的不平等についての洞察を提供した一冊である。オーウェルは本書で工業都市の炭鉱労働者や労働階級の生活について直接観察し、その状況を詳細に報告している。すなわち、世界恐慌の影響からヨーロッパ各国でファシズム政権が誕生している時代におけるイギリスの工業都市における、貧困、住居条件、雇用状況、健康、教育など、労働者階級の生活の現実の描写である。

その上で、オーウェル貧困層の境遇を改善するために政府がどのように取り組むべきかについても論じている。後に「一九八四年」や「動物農場」で社会主義社会の末の全体主義監視社会を訴えるようになるオーウェルであるが、スペイン内戦までのオーウェルはまだソビエトの現実を知らず、社会主義への支持を隠すことは無かった。本書におけるオーウェルの文章も社会主義の成就を前提としたものとなっており、貧困や社会的不平等に対抗するために、政府の積極的な介入が必要であると主張している。この政治的見解は、後の彼の著作や活動にも影響を与えていると言える。

政治学や経済学の側面だけで無く、「ウィガン波止場への道」社会学的な観点からも文学的な価値からも高く評価されている一冊である。オーウェルの鋭い洞察力と労働者階級の現実を描写する能力の高さは本書を不朽の名作に仕立てあげ、社会的不平等や貧困に関心を持つ読者にとって、今日でも非常に重要なテーマを提供している一冊である。