德薙零己の読書記録

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アダム・トゥーズ著,江口泰子&月沢李歌子訳「暴落:金融危機は世界をどう変えたのか」(みすず書房)

上下巻合わせて890ページの大著であることを感じさせぬ、ページを次また次へとめくらせる躍動感は、翻訳された江口泰子、月沢李歌子両氏の計り知れぬ苦労があったことであろう。
何より恐るべきは、これが金融危機リーマンショック)の始まりから終了までを事細かに記したノンフィクション、いや、2008年から2016年までを詳細に記した歴史書であるということだ。なぜ始まり、どのように世界経済が瓦解し、各国がどのように対策を採り、そして崩壊に巻き込まれたかが本書に詳細に描き出されている。

2008年からの世界金融危機は、一国の国内問題ではなく複数国の経済が複雑に絡み合って生まれ、波及し、世界を混迷に誘った悲劇であった。この文を書いている2023年時点で40代から50代の人、すなわちあの時代を社会人として生きてきた人の中に、あの時代を羨望の時代として考える人などいない。悪夢としか形容できず、絶望以外に思い出すことができない過去である。日本国の場合はここに民主党政権という失敗が加わるためにさらなる悲劇性を増すが、この本の中に日本人は三人しか登場しない。金融危機リーマンショック)当時の麻生首相麻生内閣での中川財務大臣、そして、本書刊行当時の安倍首相の三人である。その間にあったはずの民主党内閣も、その間に起こったはずの東日本大震災も触れられていない。1万社が倒産し、100万人が失業し、10万人が自殺に追い込まれ、失業せずに済んで生き残ることに成功した人達も、給料が下がり続け、残業が増え続け、働いても働いても報われぬ日々を耐え続けなければならなくなっていたあの地獄の日々も、経済史として捉えると無視されるというのは、それが現実なのか……