德薙零己の読書記録

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ジョージ・A・アカロフ&ロバート・J・シラー著,山形浩生訳「アニマルスピリット:人間の心理がマクロ経済を動かす」(東洋経済新報社)

日本で2009年と言えば悪夢の入り口の年であるが、世界では金融危機リーマンショック)の最悪期である。その最悪期に著された著作が "Animal Spirits: How Human Psychology Drives the Economy, and Why It Matters for Global Capitalism" であり、本書はその邦訳である。

アニマルスピリットと言えばケインズの一般理論で提示されている概念であり、一般理論を読んでいるときは「そういう人っているよな」と他人事でいられるのに、実際にスーパーマーケットに行くだけで自分がまさに、合理的には考えればあり得ない選択なのに、感情的な期待に従ってありえない決定をしていることに気づかされる。特に自宅に帰って買ったモノを冷蔵庫にしまっているとき。

スーパーマーケットの例は卑近にすぎるが、ではなぜ、合理的に考えればあり得ない選択をするのか? ケインズの示したアニマルスピリットと、近年話題になっている行動経済学とを合わせた分析結果が本書である。経済的意思決定を促す心理的背景と、こうした力がグローバル資本主義システムに及ぼす遠大な影響について、魅惑的な探求を展開している。この示唆に富む本は、経済行動を形成する無形の、そしてしばしば非合理的な要因を掘り下げ、読者に人間心理と市場ダイナミクスの複雑な相互作用についての深い理解を提供する。

本書の著者の一人であるシラー教授は「金融学とは金儲けのための学問ではない。人間行動の研究である」と述べている。その根底には、人間の持つ衝動、人間の持つ血気があり、それらが経済を動かしていることを本書で解明している。そしてそれが、金融危機(リーマンショク)を産みだしたと同時に、それこそが問題解決の源泉であることも記している。

二人の著者の広範な研究と専門知識は、市場の変動、投資判断、そして経済全体の動向を動かすさまざまなアニマルスピリッツを解明している。信頼感、公正さ、腐敗、経済結果の形成における物語の役割といった要素を掘り下げている。

それは単に理論に留まるものではない。歴史的事実が証拠となって存在している。1890年代の不況、1920年代の熱狂と1929年に始まる世界恐慌にはじまり、エンロン問題やサブプライムローン問題も分析し、歴史的な出来事と、行動経済学、実証的研究を織り交ぜることで、二人の著者は経済サイクルや危機の心理的基盤に関する洞察を読者に提供し、心理と金融市場の複雑なつながりを理解できるようにしている。

その上で、アニマル・スピリッツが経済の安定に及ぼす悪影響を緩和する上で、政府と政策が果たす役割を強調している。アカロフとシラーの両氏は、伝統的な経済変数とともに心理的要因に対処することの重要性を認め、政策立案に対してよりニュアンスのある総合的なアプローチを提唱している。この視点は、グローバル資本主義の回復力を高めようとする政策立案者や経済学者に貴重な示唆を与えてくれている。

ケインズが今や古典的名作になったと同様、本書もまた、経済理論の表層を超え、金融の世界を動かしている感情、物語、不合理な行動の複雑なタペストリーを理解することに関心のある人にとって有用な名著である。