德薙零己の読書記録

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川添愛著「言語学バーリ・トゥード Round 1:AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか」(東京大学出版会)

言語学バーリ・トゥード

本書は間違いなく東京大学出版会の刊行する言語学に対する書籍である。もともとが東京大学で配布されている雑誌『UP』に掲載されているエッセイをまとめた書籍である。著者が言語学者であり、タイトルからし言語学に関する本なのだから、普通に考えれば書店の言語学の棚に並んでいるところであろう。

ところがどういうわけか、言語学の棚を探しても見つからず、スポーツの棚のプロレスのコーナーに置かれていた。

もっとも、実際に読んでみると書店員の感覚も理解できなくもない。プロレスへの造詣の深い著者は、言語学を解説する際に頻繁にプロレスを引用しているのである。言語学への興味は深いがプロレスへの知識は乏しいという読者と、プロレスには詳しいが言語学に対する興味は乏しいという読者の二人がいるとして、本書が手に取るのはどちらであるかを考えると、手に取るであろう読者は後者である。

本書からの例を挙げると、ラッシャー木村選手の「こんばんは」事件である。ラッシャー木村選手の所属していた国際プロレスが経営上の理由で解散となり、新日本プロレスのリングに殴り込みを掛けてきて、さあ、いったいどういう言葉でラッシャー木村選手は新日本プロレスに向かい合うのかとファンが身構えていたところで出た、ラッシャー木村選手の「こんばんは」。これにファンは絶句し、ずっこけた。

なぜ、ずっこけたのか?

著者はその理由を言語学的に解説していく。

本著の著者は言語学者であると同時に作家でもあり、また、マイナーな漫画にも深い理解がある人であるため、言語の解説をかなりわかりやすく、身近な話題で説明している。もともとの掲載誌が東大生向けの雑誌であるのは事実でも、本訴の著者は東大生だけをターゲットとはせず、より幅広い読者に向けて文章を書き記している。読みやすく、没入しやすく、それでいて言語学に対する理解が深まっていく、なんとも奇妙な書籍である。