昨日紹介したこちらの書籍の続編である。
20世紀中盤まで、言語学とは人間の話す言語について研究する学問であった。
現在、言語学にはコンピュータもその対象領域に含まれている。
どういうことか?
人間の言語をコンピュータに取り込み、言語をコンピュータに入力するとコンピュータから言語を返す。それは翻訳文であったり、質問に対する返答であったりする。
しかし、これは言語学的に考えると、言うは易し、作るは難しである。
コンピュータに人間の言語を理解させるのは何とも難しいのだ。
人工知能(AI)でもっとも難しい言語認識は意味と意図に差異があるケースであるという。その顕著な例が、前巻のサブタイトルでもあったダチョウ倶楽部の「押すなよ 絶対に押すなよ」である。押してはならないと訴えているが、実際には熱湯の張った風呂に落としてほしいと求めているのである。
OpenAI は人間のやりとりしてきた言語を取り込み、その上で文章などを生成する。しかし、その背後に存在する意味までは認識しない。今のところは。
本書の作者も本書の中で、ChatGPTに課金して「押すなよ、絶対押すなよ」を問い合わせてみたという。そのまま転載するのも何なので、私も同じことをしてみた。その結果は著者がチャレンジしてみたのと同じ結果である。
人道的に正しい回答をChatPGTはするのだ。
その他にも本書は、前作と同様に言語学に対する様々な話題を読みやすく、わかりやすく記している。
たとえばメトニミーの許されない世界の思考実験はなかなかに面白い。「一升瓶を飲み干す」は「一升瓶の中に入った液体を飲み干す」でないと罰金になり、「鍋を食べる」は本当に鍋を食べなければならず(そのために文字通り食べることのできる鍋も売っている)、「鍋を作る」は調理器具である鍋を作りあげなければならない(そのために鍋を作る職人を招いて本当に鍋を作る)、そうしないと罰金が待っているという社会である。言語学的には正確だが、そんな社会はとてもつらい。