德薙零己の読書記録

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小野寺拓也&田野大輔著「検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?」 (岩波ブックレットNo.1080)

本書のタイトル「検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?」という問いに対する回答であるが、「していない」が答えである。

ナチスが誕生してから100年を迎え、ナチス政権が誕生してから90年を迎え、ナチスが滅んでから78年を迎えている。当時の人は誰もがその犯罪を実体験した出来事として語り、後世の人はその犯罪を歴史として語り継いでいるナチスに対し、ときおり本書のタイトルである「ナチスは「良いこと」もした」という言質が取られることがある。

本書で記しているのはそうした言質を、一つ、また一つと否定していくことである。ナチスの功績とされているものが実はナチスの功績ではなくナチス前から存在していたことであったり、また、そもそもそのような功績がなかったりと、「ナチスは「良いこと」もした」という伝説が一つ一つ潰れていき、最終的には「ナチスは「良いこと」など何一つもしなかった」という結論にたどり着く。ナチスのしでかした悪辣さは吐き気を湧き上がらせるほど嫌悪感を抱かせるものであるが、ナチスの功績とされる伝説が完全否定される様子は爽快感を抱かせる。そしてやはり、ナチスは二度と蘇らせてはならないという、私を含む多くの人が現在進行形で抱き続けている感情が正しい感情であると実感させてくれる。

現在、X(旧 Twitter)ではコミュニティノートとして、書き込まれた投稿に対して証拠をつけて書き込みの補足や訂正をする機能がリリースされ絶賛と問題の議論が沸き起こっているが、本書はコミュニティノートのさらなる強化版とも言える。全ての否定が根拠を伴っているのだ。それも、数字であったり、実体験した人の証言であったりと、誰もが受け入れざるを得ない根拠を伴う否定なのだ。

それこそが歴史学という科学である。社会科学も人文科学もまた科学であり、主張には根拠を伴わなければならない科学である。本書は社会科学の入り口としてもきわめて有用な一冊である。

ただし、本書にも一点だけ難がある。売り切れ続出なのだ。書店を巡り歩いても売り切ればかりで、SNS等に流れる本書の評判を眺めながら「もう手に入れたのか、羨ましい」と思いながら本書を手に入れるまで我慢し続けなければならない。それが本書の唯一の欠点である。