德薙零己の読書記録

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本庄総子著「疫病の古代史:天災、人災、そして」(吉川弘文館)

令和元(2019)年まで、大型感染症は歴史の話であった。我々の祖先が体験したことであるという知識はあったが、自分達が体験することという意識は無かった。
令和2(2020)年からその概念が崩れた。大型感染症の中で生活せざるを得なくなり、感染のメカニズムも、ワクチンも、生きていくためには知っておかなければならない必須の知識になった。
ただし、それは現代医学がなした功績である。現在のような医療知識のない時代に大型感染症が広まったらどうなるか?
その答えを記しているのが本書「疫病の古代史」である。

本書は記紀の時代から平安時代までの日本国における大型感染症の被害、当時の人の感染症対策、そして疾病そのものをまとめた書籍である。
その時代の人に病原菌やウィルスという概念もなければ、ワクチンという概念も無い。しかし、病気に苦しむ人の近くにいることで同じ病に罹ること、一度その病気に罹れば同じ病気にもう一度罹ることは少ないことは知識として知っていた。
その結果、病気が流行っているときは病気に苦しむ人や病気で亡くなった人から離れること、また、既に同じ病気に罹ったことがあり、かつ、その病気の後で健康を取り戻した人を除いて自分に近寄らせないことが生きる上での知恵として成立した。

大型感染症は年齢も性別も身分の差も関係なく襲い掛かってくるというのはCOVID-19に限らず現在に生きる我々が否応なく体験していることであるが、それは現在だからであり、かつては貧富の差や身分の差が病気に罹りやすいか否かを決める指標にもなった。理由は明白で、大型感染症に罹るかどうかがその人の栄養状態に左右されるならば、栄養状態が良好なのは身分が高く資産があり、日々の食事に困らない人ということとなる。飢饉や、飢饉でないにしても満足いく食糧事情でない人は、感染症の前にも無力になってしまう。

ただし、栄養状態が良好であろうと広まる大型感染症も存在する。ウィリアム・ウェイン・ファリス氏の古代日本の人口推計、いわゆるファリス推計を御存知の方は多いであろう。そして、ファリス推計によると奈良時代の日本、特に天平7(735)年から天平9(737)年にかけて当時の人口の3分の1が亡くなったということを知っている人も多いであろう。その中には当時の権勢を握っていた藤原四子、すなわち、藤原武智麻呂藤原房前藤原宇合藤原麻呂ですら相次いで亡くなった。彼らは当時の最富裕層であるにもかかわらず命を落とした。

これを当時の人はどう感じたか?

絶望以外の何物でもないであろう。

その絶望を乗り越えた先に、今の我々は生きている。