德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

クリス・ティマーマンス&クリス・ロアーク&ロドリゴ・アブダラ著,太田陽介&小林啓倫訳「The Big Zero:成長、イノベーション、競争優位をもたらすゼロベースのアプローチ」(東洋経済新報社)

The Big Zero ザ・ビッグ・ゼロ―成長、イノベーション、競争優位をもたらすゼロベースのアプローチ

本書はゼロベースからスタートするコスト問題を幅広く扱っているが、その思考はコスト問題にのみ適用できるものではない。私のSEとしての経験で言うと、既存の仕組みの手直しではなく、ゼロから新しい仕組みを作るほうが結果としてそれまでよりも優れた仕組みができあがる。

私のこれまでの仕事を振り返ったとき、間違いなく成功と言えるのはゼロから新しい仕組みを作ったときだ。もっとも、想定以上の成功だったがために次から次へと仕事が舞い込んできてしまい、後に過労でぶっ倒れる原因になってしまったが……

話を本書の記載に戻すと、本書の主題はコスト管理と成長戦略についてである。それも理論ではなく、ユニリーバウォルマート、ABインベブといった企業のケーススタディをベースとし、「悪いコスト」を「良いコスト」に変え、「予算管理」を「成長戦略」へと進化させ、ゼロベースから企業のコスト構造を設計する方法について実践的なアドバイスを提供している。

ただし、従業員の意識を変え、新興企業のような柔軟性と俊敏性を持つ文化を醸成することの重要性を強調していることは多少危険でもある。コスト削減を訴え出すようになると真っ先に何が削られるか? 立場の弱い人である。断れない取引先に値下げを求めたり、人件費削減に手を出したりする。既に働いている人の給与を下げなくても、止めた人の穴を埋めることなく人手不足の状態で職場を回すようになったりする。

本書は、コスト管理、成長戦略、事業変革に関心のあるすべての人に貴重な洞察を提供する、示唆に富む本であり、組織の成長とイノベーションの推進を目指すビジネスパーソンにとって必読の書であると同時に、危険な一冊であるとも言える。