德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

フリーク・ヴァーミューレン著「ヤバい経営学:世界のビジネスで行われている不都合な真実」(東洋経済新報社)

一昨日、昨日と、ヤバい経済学、超ヤバい経済学と連続で記してきたが、本日はさらにその続きの経営学編である。

rtokunagi.hateblo.jp

rtokunagi.hateblo.jp

氷河期世代は就職時に否応なく体感したことがある。
どこにも就職できないのだ。
企業の側にも言い分はある。不況に陥ってしまっているために新たな人員を雇える余裕がなく、新卒愛用を絞らなければならなかった、という言い分である。本書はこの流れを否定する。コスト削減は企業が生き残るための方法として一見すると正しいように見えるが、それは単なる延命策であり、不況を脱したとしてもコスト削減前には戻れない。
なぜか?
コストを減らすと売上も減るのだ。売上が減れば利益も増えず、新たな収入源を探さなければ生き残れないのに、一時凌ぎを優先させて今後の生き残りの方法を捨ててしまった。そして、人手を削ったことでイノベーションを生み出す体力を失ってしまった。
不況時にすべきは、人員を集め、アイデアを募り、新たなイノベーションを生み出して不況時に生き残る、あるいは不況を乗り越える企業体力を生み出すことである。

苦しくなっているとき、人員だけでなく時間も圧縮することも考えるようになる。これもまた失敗する。
著者が本文中に記したエピソードを載せると、1日30分の練習を月曜日から土曜日まで繰り返すのと、1回3時間の練習を土曜日にまとめて行うのと、1週間あたり3時間の練習ということで同じだと考えるが、実際にはそうではない。30分の練習だけではなく23時間30分の練習していない時間が必要なのだ。
これと似たようなことを企業がすることがある。1日8時間の拘束時間を、9時間、10時間、11時間と伸ばし、また、土曜日や日曜日も拘束するというものだ。時間を積み重ねればそれだけ成果を残せると考え、無茶をさせる。その結末は見るも無惨な代物だ。

上記二段は生き残るために模索して、どうにか延命できたか、あるいは延命できずに力尽きたかのどちらかになるが、その逆のケースも多々ある。すなわち、不況に遭わないで済んだ、あるいは不況を乗り越えて結果を残したというケースである。このとき、経営者は成功者として世の中に名を残すこととなる。そしてときに独裁者となり暴君へと化す。経営者の独裁を防ぐために取締役会の権限を強くするところもあるが、その取締役会もまた限られたエリート集団として君臨することとなる。そして、莫大な報酬を手にする。
一見すると問題に感じるだろう。
だがこれは、問題ないどころか、むしろ積極的にすべきことなのだ。
独裁者が君臨したとしても、エリート集団が君臨していたとしても、それは組織をスムーズに経営する指針となり、莫大な報酬は経営層の判断をより積極的なものとさせる。ただし、ここに条件が一つ。莫大な報酬は企業の業績に同調していること。報酬は獲得しながら業績悪化に際して何ら責任を負わないというのは、企業業績を下げてしまい、従業員が辞め、倒産へと企業を向かわせてしまう要素となる。

再び企業業績が悪化したときの話になるが、人員削減、すなわちリストラを図ることがある。理由は理解できる。人件費の削減で企業の延命を図るというものだ。しかし、どれだけ調べてもリストラが企業の業績を向上させた例が一つも見つからなかった。いや、向上させた例が無かったどころか、悪化しなかった例が見つからなかったのだ。さらに言えば、従業員を優遇し、給料を上げ、福利厚生を充実させれば充実させるほど、企業業績は向上する。向上したから給料が上げるのではなく、給料を上げた後で業績が向上するのだ。

本作は、前二作と異なる著者の記した、経営を軸とする一冊である。
エピソードの記載も前二作とニュアンスが異なるものがある。
しかし、だからこそ経営において即時的な判断が求められるときの参照として本書は大いに有用となる。