德薙零己の読書記録

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高島正憲著「賃金の日本史:仕事と暮らしの一五〇〇年」(吉川弘文館)

正倉院奈良時代の物品を残すタイムカプセルなだけではなく、奈良時代の記録も伝えてくれている。その中には、奈良時代の官僚の給与も存在する。貨幣経済を試みた律令制の日本は貨幣による賃金も試み、結果としてどの職の人がどれだけの賃金を得てきたのかを現在にまで残してくれている。

同様の記録は宋銭流入後の平安時代後期以降の日本についても残っている。それぞれの職業について貨幣ベースでどれだけの給与が払われたのかの記録が残っている。と同時に、貨幣経済を前提とした都市の絶対数の増加も見られる。

さらに記録が詳しくなるのは江戸時代。江戸時代の都市の貨幣経済は現代と遜色ないレベルで進展し、記録に残る賃金史料も登場する。

こうした賃金の記録は一つの現実を告げる。

決して裕福ではないが、生きてはいける賃金であったということである。その一方で、賃金の需要と供給のバランスのために、特に災害発生後にただちに人員が求められることとなる大工をはじめとする建築業関係者の給与が急上昇するために、そのことに苦慮する雇用側の事情が示されている。本書はここで、日本国内だけで無く同時期の西洋諸国の賃金水準を記すことで、日本ならではの賃金事情と、世界共通の賃金事情を示している。

私は平安時代叢書として平安時代歴史小説で全て書くというチャレンジをし続け、今月初頭より第十九集の公開をスタートさせている。つまり、上述の宋銭流入当時の賃金事情についても書き記しているが、時代の断面的な記載になり、賃金を軸とする通史の記載とはならずにいる。賃金を軸に日本国の経済の流れを追いかけようという本書は本書は大いなる助けとなるはずである。