德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

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タイラー・コーエン著,若田部昌澄解説,池村千秋訳「大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか」(NTT出版)

今年になって急に話題になった感のある Open AI 。システムエンジニアとして実際に触ってみたが、少なくともJavaScriptのコーディングをさせる場合、人間にコーディングさせるよりも素早くできることは確認できた。

さて、本書「大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか(原著名 "Average Is Over: Powering America Beyond the Age of the Great Stagnation")」は、2014年に刊行された一冊であるが、本書に明示されているのはまさにこれから起こることが確実な、人工知能を主とする技術革新が未来の雇用・所得・ワークスタイルに与える恐るべき影響を徹底検証している一冊である。特に、テクノロジー失業に陥らないために何をなすべきかという問いを提起し、その答えを探求していることは着目すべきである。

テクノロジー失業というとラッダイト運動を思い浮かべるかもしれないし、あるいはナチスのあの失敗の一つを思い浮かべるかもしれないが、過去の歴史を振り返るならテクノロジーの進化が労働現場や給与に与えた影響はマイナスよりプラスのほうが強い。ただし、今まで通りの就業が継続できるわけではなく、就業が一度途切れることも珍しくない。途切れた後の再就業は、新たな産業形態に即した知識と技能を身につけなければならない。「産業革命の核をなした主要な発明の多くは、アマチュアによるものだった」のに対して21世紀の「成熟した分野では、学ばなくてはならない知識が膨大な量にのぼるために、知識を仕入れている間に、フロンティアがさらに前に進んでしまっている」というのが本書の骨子だ。

さらに着目すべきは、「労働市場から脱出、正確には追放されはじめた」成人男性の賃金が1969年から2009年までの間に28%も下落したと述べている点である。景気の循環や中国など低賃金国との競争の結果ではなく、テクノロジーが「人間の労働者を代替する」ことになった結果だ。

遠い未来のことになるが「安価もしくは無料の娯楽がふんだんに登場しユートピアに少し似たような社会がいつか生まれるかもしれない」と述べているものの、「それは、暗い時代の先に見える光明」であり、「それまでの長くて暗い『時代』に生きる私たちは覚悟を決めなければならない」と手厳しく指摘している。

著者の挙げる未来像があまりにも峻厳で分裂的だと感じる人もいるかもしれない。イノベーションが特定の層を高揚させる可能性を認める一方で、集団的な解決策や負の影響の一部を緩和しうる政策の可能性を見落とす傾向があるのも否めない。それでも本書には仕事と社会の潜在的な未来を垣間見せてくれる。

テクノロジー、経済、社会力学の交差点に興味を持つ読者にとって、本書は刺激的な一冊となるであろう。