德薙零己の読書記録

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原田正純著「水俣病」(岩波新書)

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ALPS処理水の海洋放出への反対運動の影響で、ここに来てにわかに水俣病が脚光を浴びるようになってきた。厳密に言うと、水俣病での問題で取り上げられることの多い有機水銀の生体濃縮と絡めた反発をみせるようになった。もっとも、これは今の時代の改善された点でもあるが、三重水素トリチウム)は有機水銀と違って生体濃縮しないことがただちに証明され背景情報が追加されたことで難癖の一つが減ったが、それでも今回の難癖は、水俣病の記憶の消えない人にとっては強烈なイメージを残すこととなるであろう。

水俣病は、ある程度の年齢以上の人にとっては忘れることのできないニュースであったろうが、昭和の後半以降に生まれた世代にとっては過去の歴史である。中には今回のALPS処理水の放出問題で水俣病を取り上げたことで、水俣病に関心を持つようになった人もいるであろう。そうした人にお勧めなのが、原田正純氏が昭和47(1972)年に上梓された岩波新書の「水俣病」である。

本書は、公害病の中でも最も悲惨なものの一つである水俣病について詳しく解説した本である。この本は、水俣病がどのように発生し、それが人々の生活にどのような影響を及ぼしたかを深く掘り下げた一冊であるが、本書には特筆すべき点がある。本書を上梓された原田正純氏は医師であるということである。医師として長年に亘って患者を診察し、その実態の解明に取り組んできた一医学者として、その体験と反省を通じて、読者に水俣病の恐ろしさを些細漏らさず記しているのが本書である。

公害問題や環境保護に関心がある人々にとって非常に有益な情報源となると同時に、APLS処理水で用いられた難癖の用語である生体濃縮について、彼らがなぜ恐れているのかを理解するはずである。そして、ただ事実を伝えるだけでなく、公害問題が再発しないようにするための重要な教訓も本書は提供している。我々が自然とどのように共存すべきか、そして我々の環境をどのように保護すべきかという問いかけが本書にある。ただし、その解の中にALPS処理水の海洋放出を止めるという選択肢は無い。本書を読み、正しい理科の知識を身につけている人であれば、本書を読んだ上でALPS処理水の海洋放出に賛成するであろう。そして、反対意見の論拠として水俣病に関連する有機水銀の生体濃縮を挙げる人に対し、軽蔑と嫌悪感を抱くであろう。