德薙零己の読書記録

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脇田成著「賃上げはなぜ必要か:日本経済の誤謬」(筑摩選書)

本書は昨日公開した「日本経済論15講」(新世社)と同じ著者の作品である。

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大正時代の米騒動はどのように鎮静化したか?

コメの値段が高まってしまったのでコメを買えなくなったのが問題である。しかも、大正時代のコメの消費量は現在の比ではない。日中摂取カロリーの大部分をコメに依存していた社会である大正時代にとって、米価高騰は生活に直結する、さらには生命に直結する大問題なのだ。

通常の執政者であればどうにかしてコメの値段を下げさせようとしたであろう。奈良時代にも、平安時代にも、米価高騰対策としてコメの公定価格を下げて対処しようとした記録が存在している。しかし、成功した例は聞かない。失敗続きの米価対策を考えたとき、米騒動における対策は成功例と言えるほどなのだ。

では、大正時代の米騒動はどのようにして鎮静化させることに成功したのか?

その答えは極めて簡単で、コメの値段の上昇を上回る給料の引き上げをしたのである。そんなに値上がりしてしまったら買えないという不満に対する答えは、値段を下げることでは無く、収入を増やすことなのだ。

 

本書は、バブル崩壊以降現時点でもなお継続し続けている日本経済の長期停滞を打破するために何が必要であるかの考察から、その回答として賃上げが必要であるという主張を展開したものである。マクロ経済学者である著者が、市場メカニズムや資金循環の観点から日本経済の構造的な問題を分析し、賃上げがもたらす経済的効果や社会的意義を説明しているのが本書だ。

特筆すべきは、机上の空論ではなく、賃上げを実現するために必要な政策や制度の改革についても具体的な提案を記していることである。中でもデータに基づいた客観的な分析に基づいた上での現実的な政策提案としての賃上げを提唱しているのである。

また、日本経済が直面する課題や論争に対して、一般的な常識や先入観にとらわれず、経済学的な理論やモデルを用いて検証し、誤解や偏見を払拭いることも挙げておくべきであろう。賃上げを推進するためとして、労働市場流動性や柔軟性の向上、企業の内部留保の活用や配当政策の見直し、社会保障制度や税制の改革など、多方面にわたる施策が必要であることを示し、その実現可能性や効果についても評価しているのが本書だ。