德薙零己の読書記録

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村井康彦著「藤原定家:『明月記』の世界」(岩波新書新赤版)

藤原定家。日本の古典文学に多少なりとも触れた者であれば絶対にかかわる人物である。歌人としての実績、新古今和歌集の撰集者としての実績、小倉百人一首の撰者としての実績、そして、源氏物語をはじめとする平安文学の写本を現在まで残すこととなる写本の人。藤原定家抜きでこの国の古典文学はあり得ない。

だが、この人物は文学の人ではない。文学面でも功績を残した平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての官僚であり、貴族であり、政治家である。藤原定家にとっての文学は自らの貴族生活の一部であって全部ではなかった。

本書は、一人の貴族としての藤原定家の足跡を追いかけた一冊である。本書に描かれているのは藤原定家の日記「明月記」から読み解く藤原定家の足跡であり、その他の記録から解きほぐされる藤原定家の人生である。藤原定家の一生は文学面から捉えるのとはあまりにも違うイメージを抱かせる一人の人間としての藤原定家である。何しろ殴り合いの大喧嘩を演じて謹慎処分を喰らい、日記には容赦ない悪口を書き散らし、結構な激務に耐えながら日々を過ごし、出世できずに塞ぎ込んだかと思えば出世した同僚への妬みを隠さず、国司に選ばれたと思ったらそもそも政治家としての能力が高くないのと時代はもう鎌倉時代になっていたこともあって思い通りの結果を出せない。

そんな藤原定家の日常を本書は書き記している。本書を読んで藤原定家に対して幻滅する人も多いであろうが、かえって藤原定家のリアルを描き出している。藤原定家が仮に現代に蘇ったならば自分の恥部が書籍となって刊行されていることに憤慨するかもしれないであろうが、それがかえって本書の興味を深いものにさせている。