德薙零己の読書記録

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ローレンス・フリードマン著,貫井佳子訳「戦略の世界史(上・下)」(日本経済新聞出版社)

戦術と戦略とはどう違うか?

戦術とは個々の局面で勝利を掴む方法であり、戦略とは最終的に勝利を手にする方法である。ゆえに、一つの場面を切り出すと勝利をしている、すなわち戦術では勝利をしているが、全体を俯瞰してみると負けている、すなわち戦略で負けているということもよくある。

本書「戦略の世界史」は、個々の場面ではなく全体を俯瞰したときの最終的な勝利を手にするために人類がどのような戦略を生み出してきたのか、古代の起源から現代の複雑性に至るまで解剖し、時の歴史を貫く野心的な旅に乗り出す著作である。その内容は、戦略という言葉から推測されるような戦争に限らず、政権奪取からビジネスに至るまで幅広く亘っており、著者の綿密な調査と洞察に満ちた分析、そして、原著者の魅力的な散文を見事な日本語に訳してくれた翻訳者の力量により、本書は戦略的思考の進化を理解することに関心のある人にとって決定的なガイドとなる。

フリードマンの深い歴史的視点は、古代文明の戦略的実践を掘り下げる冒頭から明らかである。著者は軍事キャンペーン、政治的作戦、外交の複雑さをナビゲートし、太古の昔からいかに戦略が人類に内在していたかを浮き彫りにする。フリードマンは、異なる文化や時代の物語を巧みに織り交ぜながら、その文脈に依存するニュアンスを認めつつ、戦略思想の普遍性を示している。

本書の強みのひとつは、戦略の多面的な性質をとらえる能力にある。それは伝統的な軍事領域を超越し、経済的、政治的、社会的な次元を包含している。特にフリードマンによる経済戦略の探求は、貿易、資源、同盟がいかに歴史的出来事を形成してきたかに光を当てている。こうした様々な側面を相互に関連付けることで、本書は、戦略がいかに人間の努力の複雑な相互作用によって形成され、また形成されているかについて包括的な理解を提供している。

フリードマンの散文は博学でありながら親しみやすく、学者と一般読者の両方に対応している。歴史的な逸話、理論的な枠組み、現代のケーススタディなどをシームレスに行き来する。彼の巧みな語り口は読者を飽きさせず、複雑な概念でさえも戦略研究の幅広い背景を持たない人々にも理解できるものにしている。

著者は、クラウゼヴィッツの原則から冷戦期のゲーム理論パラダイムまで、戦略理論の変遷を批判的に検証している。彼は、技術の進歩やグローバリゼーションがもたらした変化を認めつつ、戦略思想の中で繰り返されるテーマや論争を浮き彫りにしている。これによって読者は、戦略的思考の時代的な連続性と革新性を理解することができる。

些細な批判があるとすれば、本書の膨大なスコープが時折、読者によっては圧倒されるような余分な議論につながることだろう。膨大な情報量のため、提示された洞察を完全に消化するためには、時折内省のための休止が必要かもしれない。

本書は、従来の歴史叙述の枠を超えた知的傑作である。本書が学者、学生、戦略研究の愛好家にとって計り知れない価値を持つことを保証する。エポックを通じて戦略の歩みをたどることで、フリードマンは戦争の戦術だけでなく、人間の意思決定と相互作用の本質をも照らし出している。この著作は、今後何年にもわたって戦略文学の礎石であり続けるに違いない。