德薙零己の読書記録

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長尾宗典著「帝国図書館:近代日本の「知」の物語」(中公新書)

帝国図書館。それは、昭和24(1949)年まで上野に存在していた日本最大級の図書館であり、現在の国会図書館の前身にあたる図書館である。当時の一等国には必ず国営の図書館があることから、日本国最大の図書館、東洋一の図書館を築き上げようとしただけでなく、日本国中に図書館による社会教育環境を成り立たせようとした人達の藻掻き苦しみをまとめたのが本書である。

現在日本の図書館環境が満足行くものであるとは言えない。特に図書館司書に対する待遇は目を覆うばかりの惨状であるとするしかない。それでも、戦前の日本に公共図書館を用意した人達の苦労、そして、その時代の日本の環境下においては最善の社会教育を実現させたことは事実であり、かの時代の図書館に携わった方々の尽力がなければ現在の図書館もあり得なかったであろう。

無論、その時代ならではの制約があったことは否めない。無料で利用できるわけではなく、建物の大きさから蔵書にも限度があり、納本制度も無かったことから図書の網羅もできていない。それでも書架に入りきれない図書が溢れている状態が続いていた。ここに、日本軍が占領地から接収した図書が加わる。

そんな帝国図書館は昭和24(1949)年まで最も広く利用されてきた図書館であった。開館3時間前から行列ができ、開館してから目当ての本に接するまで1時間を要するという状況でも、関東大震災の後でも、さらには第二次大戦での空襲が日常化してきた日々であっても、帝国図書館は上野公園で開館していた。

本書を読み進めていくと、明治、大正、昭和初期を彩ってきた文化人達が登場する。いずれも帝国図書館のヘビーユーザーであり、彼らの作品、彼らの研究の礎の一つとして帝国図書館が機能していたことも本書は指し示す。当初は当時の一等国に肩を並べようとした背伸びであったかも知れないが、その背伸びは日本国の社会教育を伸張させる背伸びであった。

冒頭に述べたように帝国図書館は現在の国会図書館の前身の一つであり、1949年を最後に帝国図書館はその機能を国会図書館に移すことで、帝国図書館は日本から姿を消した。しかし、帝国図書館の残した功績は現在も消えることなく、今の日本に生きる我々を形作っていることは疑いようがない。