複式簿記。一見すると難しいように感じ、実際に手を付けてみると思っているよりは難しくないと感じ、さらに深くのめり込んでいくとやはり難しいと、しかし、公明正大な結果を示すために便利な代物であると実感する。本書は、富を測定・記録するためのシンプルなシステムがいかにして文明を発展させてきたかを探る一冊であり、サブタイトルにあるとおり中世ヴェネツィアでの複式簿記が本書の主題であるが、それより以前の世界、すなわちメソポタミア文明における古代の会計から、近代金融の最前線までを描いている。
前述の通り物語の核となるのは複式簿記である。複式簿記は商人たちが自らの事業の価値を実際に測定することを可能にした最初のシステムであり、本書の著者はルカ・パチョーリが、どのようにアラビア数学を取り入れ、あらゆる商売や国家で通用するシステムを作り上げたかを明らかにする。ルカ・パチョーリという人物の肩書きはあまりにも多い。あるときは修道士であり、あるときは数学者であり、あるときは錬金術師である。また、レオナルド・ダ・ヴィンチの友人としても有名であり、レオナルド・ダ・ヴィンチの伝記を読んだことのあるならそちらで目にしたこともあるであろう。
複式簿記はルネサンスに拍車をかけ、資本主義の繁栄を可能にし、世界経済を生み出した。たとえば、ジョン・メイナード・ケインズは複式簿記を国家の富を測る指標であるGDPの計算に用いタコとは有名である。
一方で、著者は本書で複式簿記の失敗についても論じている。エンロンやリーマン・ブラザーズのような突発的な企業倒産のコストや、環境や人的コストを軽視していることから、著者は、未来に向けて複式簿記を再構築する時期が来ているのではないかと示唆している。
ところで、本書は複式簿記を軸とする世界経済の歴史について論述する一冊であるが、複式簿記を学ぶためのノウハウを身につけるのに適した一冊であるとは言い切れない。しかし、単純な会計システムがいかにして私たちの世界に大きな影響を及ぼし得たかを理解することに興味がある人にとっては、魅力的な一冊となっている。