德薙零己の読書記録

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タイラー・コーエン著,渡辺靖解説,池村千秋訳「大分断:格差と停滞を生んだ「現状満足階級」の実像」(NTT出版)

本書「大分断:格差と停滞を生んだ「現状満足階級」の実像」の原著名は "The Complacent Class: The Self-Defeating Quest for the American Dream"、直訳すると「満足する階級:アメリカン・ドリームへの自滅的探求」である。原著名のタイトルから想像できるとおり主題はアメリカの産業構造の変化に伴う経済情勢の分s計と対応策の提言であるが、本書の記述は多くの国に共通して言えることである。

本書の主題である「満足する階級」とは、社会の分断を拡大し、イノベーションを減退させる人達のことであり、著者は本書において「満足する階級」が権勢を持つようになったことで生じる社会問題に警鐘を鳴らすと同時に、社会階層の流動性がなぜ失われ、デジタル技術がなぜ格差の拡大を生むのか、そして開拓者精神を失った世界はどこに向かうのかといった問いについて考察している。

自己満足と閉塞感に陥っている社会的傾向は、快適さや安心感を得られる反面、イノベーションや進歩を不注意に妨げる可能性があると著者は断じており、自己満足という考え方が社会にどのように浸透し、その結果として、地理的、社会経済的な流動性を低減させてしまっていることに警鐘を鳴らしている。チャレンジをして成功を手に入れるにあたり代償として安定を捨てなければならない、すなわちリスクを取る意欲や新しい機会を求める意欲が無ければ話にならない。そうした意欲が低減することで社会にどのような影響を及ぼしているのかを著者は考察している。本書では、住宅、教育、労働市場などの分野を掘り下げ、安定が追求される一方で野心が損なわれてきた様子に光を当てている。

さらにここに快適さが加わる。快適さを得ることでさまざまな分野でダイナミズムが欠如しているという著者の主張は説得力があり、時宜を得たものとなっている。特に、イノベーションを制約する規制とゾーニングの役割についての考察は示唆に富んでいると言えよう。

その上で本書は、革新と成長を犠牲にして快適さと安定を追求する現代社会に対する示唆に富む批評んも一冊であると言える。社会の自己満足の要因分析は、現代社会の複雑な力学に貴重な洞察を与え、経済学、社会学アメリカン・ドリームの追求に関心のある読者にとって、本書は従来の考え方に挑戦する説得力のある一冊となるであろう。