德薙零己の読書記録

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ロバート・シラー著,山形浩生訳「ナラティブ経済学:経済予測の全く新しい考え方」(東洋経済新報社)

経済学は社会科学である。何を今更と思うかも知れないが、経済分析の多くは自然科学の手法を用い、人の行動を理論上の行動として計算することで分析する。そのため経済の世界では時折このような声が挙がることがある。
「理論上あり得ないことが起こっている」と嘆息する声が。

2013年のノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー教授は、一見すると当たり前な、しかし、画期的な視点から経済を捉えた。ナラティブ(narrative)、すなわち、「物語」である。人々が語る物語がどのように人を動かし、経済を動かすかを分析したのだ。

個人が経済的な判断をするにはその個人の人間の思考が存在する。思考は理論ではなくその人ならではの論理に基づく。多くの場合、論理は客観的なデータに基づくものではなくその人が受け入れることのできる構図に由来する。その構図を創出するのが物語だ。

過去の経済を動かしてきた物語とは、その時代の人達の間に広く流布されていた物語とは限らない。今日ではほとんど忘れ去られているものも珍しくない。しかし、そのような物語が、過去に共感を得て人々の判断を左右させてきた。

しかも、ここでの人間はあくまでも受動態だ。自ら物語を作り出すのではなく、既に誕生している物語に魅了され、熱狂し、恐懼し、経済を動かす。自らうねりを起こすのではなく、うねりに水から飲み込まれていく。

本書は、人類がこれまでの歴史の中でどのような物語に接し、どのような物語に熱狂し、あるいは恐懼し、その結果として経済をどのように作りだしたかを描き記している一冊である。