德薙零己の読書記録

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ブライアン・カプラン著,月谷真紀訳「大学なんか行っても意味はない? 教育反対の経済学」(みすず書房)

今から100年前、大卒は100人に1人いるかいないかであった。100年前の大卒はこの国を戦争に導いた。

今から50年前、大卒は100人に10人ほどであった。50年前の大卒はヘルメットをかぶって棒っきれ持って暴れた。

今から25年前、大卒は100人に30人ほどであった。25年前の大卒はどこにも就職できずにいた。

現在、大卒は100人に50人ほどであった。現在の大卒は就職できるが給与が世界的に見て安い。

これから先、大卒でない人を探す方が難しい時代を迎えるであろう。願わくば、その大卒が満足いく就職をできて世界的に問題ない給与を得られるようになってもらいたい。

だが、その願いを打ち砕くのが本書である。

原著名 "The Case Against Education: Why the education system is a waste of time an money"を著したジョージ・メイソン大学のブライアン・キャプラン博士は、教育制度は無駄が多く法外であり、多くの場合、知識の習得を促進するどころか、むしろ妨げていると主張している。教育があまりにも多すぎ、教育の社会的配当はほとんど幻想であると訴えている。教育がもたらす主な果実は広範な繁栄ではなく、資格のインフレであると本書で説いているのだ。

ただし、学習を否定しているのではない。そうではなく、学習と教育は別物であり、資格の取得は博識や能力の向上とは相関しないという命題に基づいているのだ。著者によると、人為的につり上げられた大卒資格の価格は、教育や研究に関連する実際のコストよりも大きいため、平均的な大学生は大学に行くべきでないとまで大胆に主張しているのだ。

本書の大前提となっているのは、現行の教育制度で教えているのは、労働力としての価値あるスキルには直結しないという視点である。教育の主な機能は実用的な知識を与えることではなく、むしろ雇用主に対して知性、労働倫理、適合性などの資質を示すことだと提案している。この概念は「シグナリング理論」として知られ、現在存在する教育制度は信じられているほど経済的に効率的ではないかもしれないという彼の主張の基礎となっている。

本書ではシグナリング理論を裏付ける実証的証拠を包括的に検証している。キャプラン博士は本書において、広範な研究、統計分析、実例をもとに説得力のあるケースを構築している。学校を卒業すると学んだことの多くを忘れてしまうことが多いことを強調し、教育内容の長期的価値に疑問を投げかけている。さらに、雇用主が資格証明書をスキルの直接的な指標としてではなく、スクリーニング・ツールとして利用している現象についての考察は、特に示唆に富んでいる。

無論、著者の主張がやや極端であったり、単なる経済的効用を超えた教育の広範な便益を軽視したりしていると感じるかもしれない。本書は、高等教育とその雇用との関連に大きく焦点を当て、教育が育むことのできる個人的成長、批判的思考能力、社会的利益を省いている。さらに、教育予算の削減など、キャプランが提案する改革案は、情報通の市民を形成する上で教育が果たす役割を軽視した、少々思い切ったものと受け止められるかもしれない。

それでも本書は、現状に対する重要な挑戦を提示する、よくできた魅力的な本である。読者がキャプランの主張に同意するかどうかは別として、本書は私たちの社会における教育の目的と効果について、大いに必要な対話を刺激する。伝統的なパラダイムを再評価し、新たなアプローチを模索することが、教育や労働力開発の有意義な改善につながることを、本書は思い起こさせてくれる。その結論の中には賛否両論あるものもあるが、本書は読者に教育の真の目的と、それが個人と社会に与える影響について考えるよう促す。キャプランの主張に賛成であれ反対であれ、本書が教育の未来について現在進行中の議論に貢献することは間違いない。