德薙零己の読書記録

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エドウィン・A・アボット著,竹内薫訳「フラットランド:たくさんの次元のものがたり」(講談社選書メチエ)

本書は1884年に刊行されたエドウィン・A・アボットの小説である "Flatland: A Romance of Many Dimensions" の邦訳である。ここまではいい。問題は本日の記事のタイトルにあるレーベル名である「講談社文庫メチエ」、これは書き間違いではない。講談社文庫メチエとしてイメージする書籍として小説を思い浮かべる人は少ないだろうし、実際に講談社文庫メチエに小説はほとんどと言っていいほど存在しないのだが、本書は講談社文庫メチエの数少ない小説である。

しかし、この小説がどのような意図を持って描き出された小説であるかを考えると、講談社文庫メチエに含まれる理由を推測できる。本書は、男性は様々な数の辺を持つ多角形、女性は単純な線分という幾何学的な図形が占める二次元の世界(フラットランド)を舞台としており、本書の語り手も「正方形(A Square)」氏であり、正方形氏はフラットランドの専門家の階級に属している。

フラットランドでは男性は多角形として描かれ、その規則性と辺の数によって社会的地位が決まる。上流階級は正多角形であり、円が完璧な形とされる一方、労働者階級や兵士は二等辺三角形である。また、女性は線だけで構成されており、正面から見たときに点と間違われないように歩くときに声を出すことが法律で定められている。

フラットランドは厳格に階級分けされた社会であり、住民は社会的地位の上昇を願っているが、一見すると誰にでも門戸が開かれているように見えながら、最上流階級が厳しく管理しているため事実上門戸は閉ざされている。自由は軽蔑され、法律は苛烈であり、革新者は投獄され、抑圧される。下層階級の中の知識層や暴動のリーダーとなりうる人は、殺されるか、管理のために上層階級に昇格させられる。世界を変革しようとする試みは、全て危険で有害であるとみなされる。

この古典的なSF作品は数学的な探求だけでなく、著者の生きたヴィクトリア朝社会の厳格な階層に対する社会的な批評でもある。著者自身の時代の社会的不平等や偏見の寓話として見事に用いている。

本作は万人受けする作品ではないかもしれない。しかし、現在に生きる我々が自然科学の概念のもとで19世紀の社会を知るための絶好の一冊である。